浜辺の歌

The Song of the Seashore

作詞:
林古渓(こけい) 作曲:成田為三
英訳:山岸勝榮(C)

Lyrics: HAYASHI Kokei Music: NARITA Tamezo
Translation: YAMAGISHI Katsuei (C)


無断引用禁止
英訳を引用する場合は必ず英訳者の氏名を明記してください。

商用利用禁止。商用利用の場合、英訳者との事前の合意が必要です。

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Copyright (C) YAMAGISHI, Katsuei

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MIDI1     MIDI2


  こちら↓はある英語教育関連の講演会で英訳例として
  
 参考までに歌ったもので、録音状態は不良です。
(Click here ↓for the English version.)


こちらに宗次郎の美しいオカリナ演奏があります。



1. あした浜辺を さまよえば
    昔のことぞ しのばるる      
    風の音よ 雲のさまよ      
  寄する波も 貝の色も




1. 
When I strolled along the early-morning shore
I recalled my good old days
The sound of wind, the lapping waves on the shore
the shapes of clouds, and the colors of shells
They were all the same as I once knew
all the same as I once knew
And they carried me back to the good old days of mine



2. ゆうべ浜辺を もとおれば  
昔の人ぞ しのばるる
 寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも




2. 
When I ambled along the early-evening shore
I thought of the people I once knew
The waves lapping on the shore and in the bay
the color of the moon and the stars in the sky
They were all the same as I once knew
all the same as I once knew
And they carried me back to the good old friends of mine

無断引用禁止 Copyright (C) YAMAGISHI, Katsuei

「浜辺の歌」は「著作権消滅曲」です。

「四季の歌」 「かあさんの歌」 「上を向いて歩こう」 「遠くへ行きたい」  「星影のワルツ」 「赤とんぼ」
「見上げてごらん夜の星を」 「惜別の歌」 英語教育の一環としての「演歌」の翻訳 
― METSでの実践
明海大学学歌
「よろこび」
「七つの子」
「証城寺の狸ばやし」 「与 作」 春が来た 「故 郷」 「春の小川」 「こいのぼり」
「人を恋うる歌」 「早春賦」 「坊がつる讃歌」 「夕焼け小焼け」 「さくら貝の歌」 「朧月夜」 「桃太郎」
「赤とんぼ」 「われは海の子」 「仰げば尊し」 「紅葉」 「赤い靴」 「浜千鳥」

◇この曲は「著作権消滅曲」です。また、MIDI1はMIDI Guitar様から、
 MIDI2はReinmusik様からそれぞれ拝借しました。

参考:童謡が消えていく                


以下の文章は私のゼミの特修生で大学院博士前期課程1年生の大塚孝一君の手になるものです。
興味深い比較ですので、同君の了解を得て、転載します。


山岸勝榮教授
 「浜辺の歌」とGreg Irwin氏が訳した「浜辺の歌」を比較致しました。また、yahooボックスの「共有」に訳比較のPDFファイルがございますので、お手数ですが、そちらをダウンロードなさってください(
下に引用;山岸)。

@【「あした」の解釈】
 現代の若者は「あした」という語から、「発話時の次の日」という意味を思いつくでしょうが、この「浜辺の歌」における「あした」は、「早朝」という意味で用いられています。それは、二連の最初の語「ゆうべ」から分かることです。つまり、この「浜辺の歌」は「早朝」と「夕べ」の対比構造があると解釈するのが一般的です。以上を踏まえ、山岸教授の御訳とIrwin氏の訳を比較します。
 山岸教授は、「あした」にearly-morningを、「ゆうべ」にearly-eveningを、それぞれ訳語にあてられています。一方のIrwin氏は、「あした」をTomorrowに、「ゆうべ」をyesterdayにそれぞれ訳しています。この訳語の選択について、Irwin氏がこちらのホームページで述べています。非常に興味深い記事です。該当箇所を抜粋します。(http://www.edu.dhc.co.jp/fun_study/kotonoha/kotonoha_014/)

日本語の歌詞の1番は「朝の海辺を歩いている様子」、2番は「夜の海辺を歩いている様子」を歌っていますが、英訳する際、最初の「あした浜辺を さまよえば」の「あした」で、いきなり壁にぶつかりました。実は、はじめて日本語の歌詞を見たときは、「あした」を“tomorrow”と訳して英詩を書きましたが、あとで「あした」を辞書で調べてみると、「朝」「希望に満ちた未来」など“tomorrow”以外の意味もありショックを受けました。この場合の「あした」は、当然「朝」を意味しますよね。歌全体のメッセージをどのように英語に移し変えるかいろいろと考えたあげく、日本語での「朝」と「夜」の対比を、英語の詩では「明日(tomorrow)」と「昨日(yesterday)」で表現しました。この歌には物語を感じます。そこで、語り手が過ぎた日の出来事や亡くした人を思い出すために、何度も何度も浜辺にやってくる様子が伝わるようにしたかったのです。

 上掲の抜粋部分から分かるように、Irwin氏は「あした」「ゆうべ」の意味を確認した後、意図的に意味を変えて、訳出したということが分かります。

A【「さまよふ」と「もとほる」の訳語】

 次に、原詩にある「さまよえば」の「さまよふ」と、「もとおれば」の「もとほる」の訳語を比較します。
 山岸教授は前者にはstrollを、後者にはambleをお選びになり、過去形になさっています。それに対して、Irwin氏はどちらの日本語に対してもwalkをあて、現在形にしています。山岸教授がお使いになったstrollもambleもIrwin氏が知らないとは考えられません。なぜ、walkを使ったのかは、直接Irwin氏に訊いてみないことには分かりませんが、私は各連の2行目にあるCome walkのwalkとの結びつきを重視したものと考えております。

B【「昔のこと」と「昔の人」の訳語】
 原詩の第1連には、「昔のことぞ しのばるる」という箇所があります。第2連には、「昔の人ぞ しのばるる」という歌詞があります。この「こと」と「人」の解釈を、訳語を通して考察します。
 まず、「こと」ですが、山岸教授は、I recalled my good old daysとお訳しになっています。注目すべきはdaysと、複数形を用いていらっしゃることです。山岸教授は「しのぶこと」は一つではないはずだ、とお考えになり、daysという複数形をお選びになったのだと考えられます。それに対して、Irwin氏は、many things come back to meとあるように、thingsを用いています。「しのぶこと」は一つではない、という考えであることが分かります。
 対照的に、「人」の訳語は、山岸教授はpeopleという複数を表す名詞をお選びになっています。一方のIrwin氏はdear friend of mineという語を受けて、youと訳していることから、「人」は単数であることが分かります。この「人」の解釈の違いは興味深いところであると思います。
 翻訳の限界を示す例として、松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」の句にある「蛙」は何匹か、という疑問があります。現段階では、この「数」を客観的に証明する文献などはないようで、読み手の解釈によって変わるということが言われています。
 わたくしはこの「人」を「一人」とは解釈しておりません。山岸教授と同じように、古き良き友を想像いたしました。ただし、「人」をある特定の「一人」と捉えることも可能だとは思います。個人の解釈の差が訳語に強く反映される箇所ではないかと考えております。

C【時の設定】

 山岸教授の御訳では、全ての述語動詞は過去形で書かれています。それに対して、Irwin氏の訳では、現在形、過去形、未来、と時制の使い分けが見られます。私が注目したことは、Irwin氏の2連の訳出です。先ほどの抜粋部によると、浜辺に何度も来ていることを表したいから、未来と過去で表したと記されています。しかし、実際には過去形になっている述語動詞はfoundの一語のみです。I watch the waves come rolling in The moon and stars come out againを、古き良き友を思い出すための行為だと捉えると、この部分を歴史的現在で書くことはそれほど不思議ではないのかもしれません。歴史的現在を用いることで、臨場感が読者に伝わるからです。しかし、もう一つ、歴史的現在で書く理由があったと私は考えております。歴史的現在で書く理由、それは、キリスト教では過去を顧みることを重視していないからです。Irwin氏がキリスト教徒かどうかは私にはわかりませんが、キリスト教文化を色濃く表す「過去」の概念が、Irwin氏に過去形ではなく現在形を使わせたという可能性もあるのかもしれません。

D【原詩にはない英語】

 山岸教授の御訳にも、Irwin氏の訳にも、原詩にはない英語が訳出されています。
 山岸教授の御訳における原詩にはない英語は、各連の最後の3行です。しかし、この3行があることにより、英語としては意味が通じます。日本語ではたとえ最後の3行が無くとも理解できます。ここに翻訳の醍醐味があると個人的には感じます。
 Irwin氏の英訳の中における原詩にはない箇所は、If you have timeという表現です。読み手に物語性を感じさせるために必要な導入部として訳出したのかもしれませんが、真意はIrwin氏にしか分からないというところが正直な感想です。

【小考察】

 今回の比較でも、山岸教授の御訳が原詩に極めて忠実であるということが明らかになりました。それは教授の御訳を拝読すれば即座に認識できることですが、特に私が考察対象としました@「あした」の解釈と、A「さまよふ」と「もとほる」の訳語選択において、原詩への忠実度が顕著に表れています。考察対象とはしませんでしたが、二つの「しのばるる」にrecallとthink ofをお選びになっている点や題名の御訳にも同様のことが言えると考えます。
 一方のIrwin氏ですが、いかに自由に訳出をしているかということを認識することができました。以前の「花」の訳比較でも書きましたように、
Irwin氏の歌詞は翻訳ではなく、自由な発想に基づいて作った英語を、既存のメロディーにのせた創作であることがわかります。
 このような考察を続けていくことで、作品間に見られる共通性を見いだすことができると考えます。山岸教授が今までにお訳しになった作品と重複するIrwin氏の英訳を見つけ、さらに深い考察をいたします。
 改めて、訳比較のご指示をくださり、感謝を申し上げます。自分の研究だけではなく、英語力におきましても、多くのことを勉強させていただきました。

 平成25[2013]年8月1日
            大塚 孝一

 【訳比較 pdf


下の文章は以前、山岸ゼミ生が専用掲示板に書いたものを、諸君の了解のもとに転載したものです。

タイトル

: 山岸勝榮先生

投稿日

: 2006/05/20(Sat) 17:32

投稿者

: 上村美歩  


山岸勝榮先生
 「故郷」「春の小川」「こいのぼり」
「浜辺の歌」の英訳をご紹介くださりありがとうございます。
 先生は「故郷」を“My Old Country Home”と英訳なさっています。故郷は“home”や“hometown”とも訳すことができますが、“my old country home”と訳すことで、この歌の人物が今は故郷を離れてしまい、懐かしく思っているということが他の二つのものよりもより強く伝わって参ります。「友がき」の英訳に“my old friends”を使っていらっしゃいます。“old”を使うことで、親しみを表現できますことを前回の「ピーターラビットのおはなし」の授業の時にご指導くださいました。そしてお恥ずかしい話ですが、先生が「いつの日にか 帰らん」という歌詞を“I will return to where I used to have my home.”と英訳していらっしゃるのを拝読いたしまして、初めて正しい歌詞の意味を理解致しました。これまでは、「もう故郷には帰らない」という意味だと思っておりました。歌詞を正しく理解するという初歩的なことができておりませんでした。「山はあおき」という箇所を先生は“Lush and green are the mountains”と訳しておられます。“green”だけでも「青々した」という意味を含んでおりますが、“lush”も使うことで自然が豊富であることを表現し、歌詞をさらに深いものにしていると思いました。
 「春の小川」の中の「春の小川は さらさら行くよ」を先生は“Spring has come and the small stream flows babbling between its banks.”と英訳なさっています。5月19日の先生のブログの中でも紹介されておりますが、正確に訳すというだけではなく、音の美しさや歌いやすさ、そして状況説明のすべてをこの短い歌詞の中に全て表現なさっています。「今日も一日 ひなたでおよぎ」と「遊べ遊べと ささやきながら」の“Swim merrily all day in the sun, merrily in the water may you go.”“Swim merrily all day in the sun, merrily in the water may you go.”という先生の御訳を拝読いたし、“merrily”と直訳する単語は日本語の歌詞の中にはありませんが、この単語を使うことでこの歌を生き生きさせているように感じました。
 「こいのぼり」の中の「おおきい まごいは おとうさん」「ちいさい ひごいは こどもたち」「おもしろそうに およいでる」というそれぞれの歌詞の最初に“See”を使っていらっしゃいます。この単語を使うことで、一人で歌っているのではなく「あのこいのぼりはお父さんで、あれは子供たちだよ。」と一緒に楽しんでいる様子が目に浮かんで参ります。
 「
浜辺の歌」についてですが、今回、初めてこの歌を知りました。そこで、先生にお教えいただきたいことがございます。先生は「あした浜辺を さまよえば」という歌詞を“When I strolled along the early-morning shore”と訳しておられますが、なぜあしたを朝として英訳なさったのでしょうか。お時間のございますときに、お教えいただけましたら幸いでございます【回答済み;今の若者たちが“あした”を“明日”の意味でしか知らないことを教えてくれる質問―山岸】。先生はそれぞれ最後に“all the same as I once knew”“And they carried me back to the good old days of mine.”と“all the same as I once knew”“And they carried me back to the good old friends of mine.”という表現を使っていらっしゃいます。“I recalled my good old days.”や“I thought of the people I once knew.”と最初のほうにありますので、これらの表現は無くても意味は通じると思います。しかし、それでは「美しいものは昔と何も変わっておらず、それらが楽しかった日々やよき友を思い出させてくれる」という思いを完璧に伝えることはできません。英訳するときには、日本語の歌詞にはないものを付け足すことが必要なこともあるということを勉強させて頂きました。
 先生の英訳を拝読致しますたびに、多くのことを学ばせていただいております。そして、その度に自分が未熟であることや日本語力が乏しいことを痛感致します。よりよい英訳ができますように精進して参りますので、厳しいご指導を宜しくお願い申し上げます。新年度ゼミ生 上村美歩



タイトル

: 山岸勝榮先生

投稿日

: 2006/05/22(Mon) 16:13

投稿者

: 華山優子

山岸勝榮先生
 童謡等4作品の英訳のご公表についてお教えくださりありがとうございます。先生の御訳を拝読いたしました。今回ご公表くださいました作品のうち「
浜辺の歌」以外はコミュニケーション特講Uの授業にて私も翻訳に挑戦いたしましたが、どの歌も日本の文化を背景として書かれたものであり、英訳いたしますのに頭を悩ませました。翻訳は文化の橋渡しであると先生がお教えくださいました。翻訳に挑戦いたしますたびに、その言葉を実感いたします。日本語の童謡は短い歌詞の中に日本文化の背景がとてもよく反映されております。日本の文化を誤解なくかつ詩的に表現することの難しさを感じます。
 「こいのぼり」の英訳にて、先生は最初の単語に“hoisted”をお使いになり、こいのぼりが掲げられていると訳されております。また、「屋根」についても “roof”ではなく、“roof top”とし、日本人の考える屋根を表現なさっています。私はこの箇所はただ“roof”と訳しておりました。しかしながら、これでは英語圏の人には屋根だけでなく天井も連想させてしまうということを学びました。「おおきい〜おとうさん」の箇所で、先生は”See the big, black carp up there“のように、”See“をつけて「見てごらん」と語りかけるとともに、“the”で始まる歌いにくさを解消なさっています。また、“up there”をつけることで、「ほら、一番上の大きいものが、おとうさんだよ」とその状況を伝えていらっしゃいます。私は“The big black carp streamer stands for father”といたしましたが、私の訳では、大きい真鯉はどこにあるのかがわかりません。日本人であれば一番大きいこいのぼりは一番上にあるということがわかりますが、こいのぼりを知らない英語圏の人にはそれがどこにあるのかも伝えなければ、文化の橋渡しである翻訳とはいえないと思います。先生の御訳は“See the big〜”“See the smaller〜”“See all of them”のように音を合わせていらっしゃいますので、歌いやすくまとまっております。私は“The big black〜”“The small red〜”と“the”から始めてしまい、歌いづらい歌詞になっておりました。
 「故郷」では、先生は「故郷」を“old country home”と訳されております。上村さんも書き込んでおられますが、この言葉を使うことで、故郷への懐かしい思いがとてもよく伝わって参ります。私は故郷=hometownと思い込んでおりましたため、この箇所にはほかの単語を使おうとは考えませんでした。以前、「春が来た」でも春=springと思い込み、このような考え方はよくないということを学びましたが、今回、また同じような翻訳をいたしました自分を情けなく感じます。「父 母」については、日本語では父が先にくるが、英語では“Mother and father”と母が先にくるということも学びました。「故郷」の歌詞は作詞者である高野辰之の思いがとてもよく表されているように感じます。この方は、結婚の際に奥様の親から反対され、結婚を許す条件として故郷に錦を飾れるような男になるのであれば結婚を許すといわれたと、聞いたことがあります。高野辰之はその約束をはたし、志を果たして故郷に帰りました。「故郷」の歌詞はそんな思いが詰まっているように感じます。その思いを伝えるために、英語の単語もふさわしいものを選択せねばなりませんが、私は日本語の単語をそのまま英語にして並べただけとなってしまいました。先生の御訳のように、故郷を懐かしみ、父母や友人を思う心や志を果たそうという強い意思がとてもよく伝わってまいります。“Some day when I have done what I set out to do, I will return to where I used to have my home”という御訳は「志をはたしたら、きっと故郷にかえるのだ」といった強い思いが伝わって参ります。私はこの箇所をどのように訳すべきかと悩み、“I have made up my mind to be a great man, When I achieve my goal some day I will back to my home”としました。しかしながら、これでは「志を果たす」という意味が伝わって参りません。
 「春の小川」では、「さらさら」という表現や、「えび」「めだか」「こぶな」など、辞書に載っている単語をそのまま使うと日本語歌詞のやさしさが伝わらない言葉が多く、翻訳の難しさを痛感いたしました。先生の御訳では、「春の小川は さらさらいくよ」の箇所を“Spring has come and the small stream flows babbling between its banks”とされ、春が来て小川がさらさらと心地のよい音を立てて流れていく様子が目に浮かんで参ります。“murmur”ではなく“babble”をお使いになることで、小川のやわらかな水音をより感じることができます。「すがたやさしく」では“grace”をお使いになり、スミレやレンゲの可憐な姿が思い出されます。私は“Sweetly and prettily”を使いましたが、これではかわいらしい感じがあっても野に咲く可憐な花は思い浮かばないと思います。「今日も一日 ひなたでおよぎ」では“Swim merrily all day in the sun”とし、暖かな日差しをうけた水面が思い浮かび、その水面下で小さな生き物たちが楽しそうに泳いでいる感じが伝わって参ります。
 「
浜辺の歌」につきましては、コミュニケーション特講Uの授業で、スーザン・オズボーン氏の英訳をご紹介くださいました。オズボーン氏の英訳で“The sound of the surf and the salty air washes sadness from my soul”(波音や潮風が私の心の悲しみを洗う)や“Soft water lapping at my feet Warm winds caress my face”(やさしい波が足元でパシャパシャと音を立て 温かな風がほほをなでる)のように美しい表現がございました。また、オズボーン氏の透明感のある美しい歌声を聴き、心が洗われた感じがいたしました。しかしながら、この英訳は日本語の歌詞が伝えている情景とはかなり違っているように思います。私には、オズボーン氏の英訳は「浜辺の歌」の曲を使った新しい歌なのではないかと感じます。先生の御訳を拝読いたしますと、朝や夕方の静かな海辺が浮かびます。その海辺を歩きながら、変わらない自然の美しさを愛しみ、旧友を懐かしんでいる情景が伝わって参ります。先生の御訳では“walk”ではなく“stroll”や“amble”とし、静かな海辺をゆっくりと歩きながら、波音や潮風に癒されているような感じを伝えていらっしゃいます。また、“They were all the same as I once knew, all the same as I once knew”のように、音を合わせるとともに繰り返し同じ歌詞を使うことで「海は昔のままだな。何も変わってない」という思いが感じられます。オズボーン氏の英訳も美しく感銘を受けましたが、私は先生の御訳により強い感銘を受けます。それは、先生が日本人の視線で翻訳なさっていらっしゃるからだと思います。
 先生の御訳を拝読いたしますたびに、翻訳は文化の橋渡しであるということがよくわかります。先生の御訳に一歩でも二歩でも近づけますように、今後も精進して参ります。華山優子(4年次特修生)


タイトル

: 山岸勝榮先生

投稿日

: 2006/05/22(Mon) 18:47

投稿者

: 吉川良  

山岸勝榮先生
 「故郷」「春の小川」「こいのぼり」
浜辺の歌」の英訳をご紹介くださりまことにありがとうございます。「故郷」では先生の5月12日付のブログで、父と母の並びが英語では日本の並べ方とは逆でmother and fatherとすること、また小鮒(crucian carp)は英語圏ではあまり一般的ではなく、minnowを使うほうが好ましいことを勉強させていただきました。先生は「わすれがたきふるさと」という歌詞をHow I miss and long for my old country homeと英訳なされています。私はこの箇所をIt is my unforgettable homelandと致しました。先生の英訳のほうが、作者の故郷に寄せる思いがひしひしと伝わってまいります。つつがなしやともがきという箇所では私はI hear my friends are in good healthと致しました。ここ歌詞においての【や】は疑問を表す係助詞の【や】であることをしっかりと理解できておりませんでした。日本語の学習がまだまだ不十分であることを痛感させられた箇所でした。
 「春の小川」においては誰がささやくのが私のなかでは一番の疑問でした。先生は小さな川がその川岸に生えている花にささやきかけていると解釈されていらっしゃいます。おとぎ話の様に楽しい情景が思い浮かんでくるとともに、子供たちの生き生きとした創造力を生み出すような英訳をされていらっしゃいます。
 「こいのぼり」の英訳におきましては授業の中で「屋根」は日本語で言う「天井」をroofと表すこともあるのでroof topと訳さなければならないことを勉強致しました。またこいのぼりがどういうものかわからない英語圏の人々に正確に伝えるためにも、歌詞の中では現れていない表現の「こいのぼりは揚げられている」というhoistedという英語で説明しなければならないこと、また父親であるまごいは一番上に揚げられていることを表すためにup thereを用い、それより下に揚げられている子供たちのひごいはthereでこいのぼりの位置関係もしっかりイメージできるような英訳をされていらっしゃいます。こいのぼりが一体どのようなものかわからない英語圏の人々が、明確にイメージできる英訳となっております。
 「
浜辺の歌」の中の「あした」は先生が授業でご指導くださるまでは私は朝方という意味もあることを存じませんでした。寄する波という箇所を先生はThe waves lapping on the shore and in the bay と英訳なされていらっしゃいます。波が緩やかにぴちゃぴちゃと打ち寄せてくる感じが思い浮かんでまいります。また昔の人、昔のものが思い出されるのは、作詞者が感じたものが今になっても変わっていないということまで歌詞から理解しなければならないということを学ばせていただきました。先生の御訳を拝読いたしますと歌詞には表れていないThey are all the same as I once knew という英訳を入れることによって歌の思いを初めて明確に伝えることができるようになっています。
 先生は翻訳は文化の橋渡しと日頃からおっしゃっておりますが、それを肝に銘じまして、よりよい翻訳ができますようさらに精進して参ります。吉川良(今年度ゼミ生)


タイトル : 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/05/25(Thu) 01:19
投稿者 : 生井優里恵

山岸勝榮先生
 童謡等4作品の公表についてお書き込みくださり、まことに有難う御座います。
 まず「故郷(ふるさと)」ですが、先生は「My Old Country Home」と訳されていらっしゃいます。oldとhomeを入れたことによって、故郷への深い思い入れを強く感じ取る事ができました。以前のゼミ授業で、先生からoldは親しみを込めて使うという事をご指導いただきましたので、故郷を表すにはこの上ない素晴らしい表現だと感じました。「忘れがたき ふるさと」の箇所にも、感嘆詞を使って故郷への思いが強く表現されているように感じました。「父 母」の語順についてですが、ブログを拝読致し、日本語では「父 母」ですが英語圏では「mother and father」の方が自然であるという事を学ばせていただきました。今後は、そのまま訳すのではなく、英語圏の文化を取り入れて訳出に取り組んで参ります。「山はあおき ふるさと」の箇所ですが、先生は「あおき」をlush and greenと訳していらっしゃいます。日本では緑を青と表現することが多いと思います。信号も青ですし、山を表現するときも「青々とした」と表現致します。その日本文化を、lushで感じ取る事ができました。ただgreenと訳すのではなく、greenを形容する言葉の必要性を学ばせていただきました。
 次に「春の小川」について書き込ませていただきます。「春の小川は さらさら行くよ」の箇所ですが、「さらさら」をどのように英語で表現したらよいかとても悩みました。日本の童謡や童話には、このような言葉が多く使われておりますので、訳出の際にはいつも頭を悩ませております。このような言葉をうまく英語に訳せるように、語感を磨いて参ります。「今日も一日 ひなたでおよぎ 遊べ遊べと ささやきながら」の箇所ですが、先生はmerrilyを使っていらっしゃいます。merrilyを辞書で調べたところ、「楽しげに、のんびりと」という意味が載っておりました。更に、may you goが加わり、魚達がのんびりと自由気ままに泳いでいる姿を連想させる言葉だと感じました。
 次に「こいのぼり」について書き込ませていただきます。「こいのぼり」というものは日本独特の文化ですので、英語圏の方々にこいのぼりがどのような物かという事を伝える英訳にしなければなりません。先生は「おおきい まごいはおとうさん」をSee the big, black carp up there;That one is the father.と訳していらっしゃいます。blackと色を入れたことによって、こいのぼりを知らない人にとって、具体的なイメージが湧きやすくなったと思います。
 最後に「
浜辺の歌」ですが、こちらの歌は私も存じておりませんでした。私も上村さんと同様に、「あした」がなぜearly-morningと訳されているのか、全くわかりませんでした。「ゆうべ」が「夕方」という意味である事は存じておりましたが、「あした」が「朝」であるということは存じておりませんでした。日本人として、古い日本語用法の勉強の必要性を改めて感じました。原文にはございませんが、先生はAnd they carried me back to the good old friends of mine.という文章を付け加えていらっしゃいます。この英文を読むまでは、何について偲んでいるかわからずにおりました。先生の御訳を拝読致し、朝や夕方の浜辺で一人懐かしい思いにふけっている姿が思い浮かびました。読み手の想像心を掻き立てるような御訳だと感じました。原文のイメージを伝えるために、原文に無い文章を付け加える事の必要性を学ばせていただきました。
 全体を通して、童謡というものは昔の言葉が使われていることが多く、英語に翻訳するのはとても難しいと感じました。日本人だったらどう捉えるか、外国人だったらどう考えるか、という事を念頭に置き、今後の訳出に生かして参ります。生井優里恵(現ゼミ特修生)



タイトル : 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/05/25(Thu) 14:49
投稿者 : 林明日香  

山岸勝榮先生
  「故郷」「春の小川」「こいのぼり」
浜辺の歌」の英訳をご紹介くださり、ありがとうございます。
「故郷」という歌の「ふるさと」という歌詞の部分を、山岸先生は“hometown”という単語で訳すのではなく“my old country home”や“my homeland”と訳していらっしゃるのを拝読し、先入観を持たずに辞書で丁寧に単語の意味を調べることの大切さを、改めて感じました。以前の私なら“hometown”という単語が最初に思いつく単語であり、どうしてもその単語しかないと考えてしまっていました。昨年度のゼミ授業を通して「先入観で翻訳をしてはいけない」ということを学ばせていただいたので、「同じ言葉でも、同じ英単語で訳してよいのか」と疑問を持てるようになったことをとてもうれしく感じました。
 「春の小川」の英訳につきましては、日本語の歌詞を見たときに4つの文になっているので、英文も4つに分けなければいけないのだと考えていました。山岸先生の御訳では、後半の2つの文を1文にまとめ、最後の文は繰り返していらっしゃるのを拝読し、「歌詞の翻訳では、曲に合わせて歌うことが大切」ということを、改めて学びました。
 「こいのぼり」という歌では、「おおきいまごいはおとうさん」「ちいさいひごいはこどもたち」という歌詞を“See”を付けて訳すことで、曲に合わせて歌いやすくなっていましたし、「ほら、みて」という表現も出てきます。それによって場面が想像しやすくなっていることにも気がつきました。また、「おもしろそうにおよいでる」という最後の歌詞を“merrily”という単語を使って訳していらっしゃいましたので、“merrily”の意味を辞書で調べましたところ、「(やや古風)陽気な、快活な」と書いてありました。“merrily”を使用することで、五月晴れの空にこいのぼりが元気よく泳いでいる姿が想像できました。私は“fun”や“cheerful”という言葉を思い浮かべたのですが、“fun”ではすこし勢いがありすぎるような印象を受けましたし、“cheerful”は「もともと備わった陽気さや明朗さについていう」ということが、辞書に載っていましたので、ここでは適さないことがわかりました。
 「
浜辺の歌」という歌につきましては、山岸先生の御訳を拝読するまで存じておりませんでした。山岸先生の御訳では、日本語の歌詞には出てきていない“They were all the same as I once knew, all the same as I once knew. And they carried me back to the good old friends of mine.”という歌詞を付け加えていらっしゃっているので、この日本語の歌詞に含まれている「昔から変わらない海辺の風景」という情景を、より鮮明に感じることができました。
 4作品の御訳を拝読して、全ての御訳から感じたことは「先入観で訳さないこと」と「歌は曲に合わせて歌える歌詞にすること」ということの大切さです。当たり前の事かもしれませんが、山岸先生の御訳を拝読するたびに、その当たり前の事が出来ない自分の勉強不足を痛感致します。英語力や日本語力を磨くために、今後も日々精進して参りますので、厳しいご指導をよろしくお願い致します。 林明日香(現ゼミ特修生)



タイトル : 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/05/26(Fri) 03:34
投稿者 : 渡辺翔子  

山岸勝榮先生
 私どもゼミ生に先生の御訳をご紹介下さりましてまことに有難うございました。先生の御訳を拝読させていただきました。
「故郷」は、日本語歌詞だけをまず読んでみましたが、私自身がこの詩を完全に理解することが出来ませんでした。「うさぎ追いし かの山」の「かの山」をなんと訳出すべきなのか。「夢はいまもめぐりて」の「夢がめぐる」とはどういう意味なのか‥などと、日本語を解釈するところからまず行き詰ってしまいました。けれども、先生の御訳を拝読させていただき、日本語がなにを示していたのかを学ばせていただきました。また、故郷に対する作者の心が映像となって鮮明にあたまに浮かんで参りました。
 「春の小川」は「さらさら行くよ」の箇所をどう訳出してよいのか悩みましたが、先生は" the small stream flows babbling between its banks."とお書きになられています。"flows"だけでなく、"babbling"や"banks"という単語を用いることで、海外のかたにも「春の小川がサラサラ流れる」というイメージが浮かびやすくなるということを勉強させていただきました。先生は、和訳する際に「英語にその表現がたとえなかったとしても、日本語で補って、読み手が絵を想像できるような日本語にしなくてはいけないんだよ。」とご指導下さりましたことを思い出し、洋訳をする際も同じことが当てはまると思いました。翻訳するということは、想像力・そして表現力(語彙力)が非常に大切になってくるのだということを学ばせていただきました。
 「こいのぼり」の曲は、小学校の頃に毎年5月になると歌っておりました。先生の御訳を拝読させていただき、こいのぼりが親子で楽しそうに泳いでいる様子が目に浮かんでまいりました。
 「
浜辺の歌」も「故郷」と同じように、日本語の解釈がたいへんに難しく感じた曲でございました。「浜辺をさまよう」や「」昔のことをしのぶ」「浜辺をもとおる」という箇所に特にあたまを悩ませました。先生の御訳は日本語を英訳するだけでなく、英語にもかかわらず曲に合わせて歌うことが出来ますので、私はもっともっと勉強しなければならないと思いました。
  まことに恐縮でございますが、機会がございましたらゼミの授業で、先生がお歌いになられたお声をお聞かせいただけましたら光栄に存じます。渡辺翔子(現ゼミ特修生)



タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/05/26(Fri) 17:40
投稿者 : 佐藤亜津子

山岸勝榮先生
 「春の小川」と「こいのぼり」「故郷」と「
浜辺の歌」の英訳を載せていただき、ありがとうございます。私も、山岸先生のコミュニケーション特講を受講させていただいております。宿題で、この4つの歌の翻訳を試みましたが、どれもうまく翻訳することが出来ず、皆様にお見せすることができないと思い、黒板に書く事が出来ませんでした。いつも、華山さんと吉川さんの翻訳を拝見し、素晴らしいなと思っております。
 「こいのぼり」では、‘やねよりたかいこいのぼり’という箇所を、私は‘Carp streamers is higher than your house’s roof’と訳しました。授業の時、私と同じように比較形を用いた学生がいましたが、それについて先生は、この文章でも悪くはないが、これだと外国の人が見た時、この歌のイメージがわいてこないと御指摘くださっておりました。その時、私は、自分達だけにイメージがわいてきても意味がないのだということを学びました。こいのぼりは日本の文化ですので、外国の人がこの歌を理解することは、日本の文化を知らなければなりません。そのようなことを考えながら、訳さなければいけないということも学びました。
 「故郷(ふるさと)」では、かの山という箇所を先生はmountainと訳されておりますが、私のこの歌のイメージですと、丘のほうが、イメージが合うのではないかと思いましたのでthat hillと訳してしまいました。かの川については先生が授業でおっしゃられましたように、私も、riverよりはstreamのほうが良いのではないかと思いました。この歌は日本語が難しく、訳す時に一番苦戦した文が‘いかにいます’という文と‘つつがなしや’という文です。父と母は、私のふるさとにいます。という意味なのかと考えましたが、父と母がふるさとにいることは、わかっていることだし、‘つつがなしや’という文はどうしても、どういう意味なのか理解することができず、ここの箇所を訳すことができませんでした。授業で‘いかにいます’が‘どうしていますか’という意味で‘つつがなしや’が‘うまくいっていますか’という意味だと知ったとき、やっとこの歌の意味もわかった気がしました。やはり、翻訳をする時は日本語の意味をしっかり理解した上ではいけないことを改めて実感致しました。
 「
浜辺の歌」では、「故郷」と同様に日本語の歌詞の意味を理解することが大変でした。この日本の歌詞には、主語がありません。英語には主語が絶対に必要になります。「故郷」でもそうでしたが、誰が、うさぎを追いかけているのか。や、誰が浜辺をさまよっているのか。という所に視点を置かなければなりません。このことも授業で学んだことですが、私も訳す時に、主語がなければ、訳すことは難しいと思いました。もし、‘明日’や‘昔’などの言葉を主語にしてしまったら、ただの英訳になってしまうだけで、翻訳にはならないだろうと思いました。
 先生は、授業の間に英訳された歌を歌ってくださいました。詰まることなく、軽やかに歌っておられる先生の姿をいつも拝見しております。私も自分で訳してみては、音楽に乗せて歌ってみるのですが、いつもどこかが、詰まってしまったり、早口になってしまったりしてしまいます。一つの形にとらわれずに、音楽に乗せても、おかしくならないような英訳をすることができるように、これからも精進して参ります。佐藤亜津子(ゼミ生)



タイトル : 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/05/27(Sat) 10:52
投稿者 : 亀山由華  

山岸勝榮先生
 私どもゼミ生に「故郷」、「春の小川」、「こいのぼり」、
浜辺の歌」訳をご紹介くださりありがとうございます。それぞれの童謡についての感想を書き込みいたします。
「故郷」の御訳につきましては、1番の最後の歌詞を“how I miss and long for my old country home”と御訳されているところや、2番の歌詞を父や母、友人が元気にしているかを疑問形で表されているところを拝見し、自分の故郷をとても恋しく思っていられる姿が想像できますし、長い間、故郷に帰られていない歌い手の姿が想像できます。また、先生は「ふるさと」を“my old country home”や“my homeland”と御訳されています。1番馴染みのある単語で「ふるさと」を“hometown”と訳してしまうと、いつでも帰られそうな場所という感じがいたしましたので、なかなか帰る事のできないふるさとを感じさせる事ができないと思いました。1つの言葉が他言語に訳される時、いくつかの表現方法があると思いますが、その場面を考慮して1番適切な言葉を当てはめられますように、1つ1つの言葉の微妙な違いを見極められるようになりたいと思いました。
 「春の小川」の英訳につきましては、「小川」を“stream”と御訳されておらず、“small stream”と表されています。英英辞書で“stream”を調べましたところ、“a small narrow river”と説明されていました。先生が“stream”に“small”をお付けになられました理由をお聞かせ願えましたら光栄に存じます【回答済み;山岸】。また、2番目の歌詞の中で、「小ぶなのむれに」という歌詞がございます。私は「群れ」を“school”と表されております文章を初めて拝見いたしました。日本語では「群れ」という言葉を様々なものに使う事ができます。今回、「群れ」という言葉を英語でどのように表されるのか調べましたところ、何の群れかによって様々な表現がある事にとても驚きました。それぞれ使い分けができるようにしていきたいと思います。
 「こいのぼり」の御訳につきましては、3行目、5行目、そして7行目に“see”とお付けになられますことで、一人ではなく友人であったり家族であったり、誰かと一緒に鯉幟を楽しげに見ている風景が想像できます。また、「屋根よりも高い鯉幟」という部分を、先生は比較級で表されていません。私は「〜よりも」と書かれている文章を見ますと、常に比較級を連想させてしまいます。“above”を辞書で調べてみますと「〜より上で」や「〜よりも高く」という意味がありましたので、必ずしも「〜よりも高く」を“higher than〜”と比較級を使わなくても良いことを学びました。
 「
浜辺の歌」の英訳につきましては1番目と2番目にあります下の3行の歌詞は日本語の歌には表されていません。こちらの3行の文章が付け加えられます事によって、歌にさらに深みがでるように感じました。
 4つの作品を拝読させていただき、その場面にあった適切な単語を選びだす事の難しさを感じました。また、自分の語彙力のなさも実感いたしました。これからはもっと多くの本を読み、語彙力を増やすことと、常に‘なぜ’この単語が使われているのかを考えて本を読んでいきたいと思います。亀山由華(新年度ゼミ生)