「惜別の歌」の作曲者・藤江英輔氏は中央大学予科(法)に学んだ方だと聞く。私が敬愛して止まなかった今は亡き岳父・
鎌倉次雄(大正10年生〜平成7年没)も同じく、中央大学予科(法)に学んだ。本英訳はその岳父の霊に捧げたものである。

惜別の歌
(中央大学学生歌)

原詩:島崎藤村
作曲:藤江英輔
歌:小林旭
英訳:山岸勝榮(C)

A Song: Sorrow of Parting
(A Chuo University Student Song)

Original Poem: SHIMAZAKI Toson
Music: FUJIE Eisuke

SONG: KOBAYASHI Akira
Translation: YAMAGISHI Katsuei
(C)


無断引用禁止
英訳を引用する場合は必ず英訳者の氏名を明記してください。

商用利用禁止。商用利用の場合、英訳者との事前の合意が必要です。

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こちらに小林旭によるYouTube版の惜別の歌があります。
(右クリックをして「新しいウインドウを開く(N)」でご覧ください)


1.
遠き別れに 耐えかねて
この高楼
(たかどの)に 登るかな
  悲しむなかれ わが友よ
  旅の衣(ころも)を ととのえよ



1.
I'm unable to say goodbye to you, now that you're going away  
I've tried to hide my feelings and that's all I could do
However, my dearest friend, you should not be so sad
Just prepare for your journey; that's what you're called to do


2.
別れといえば 昔より
  この人の世の 常なるを
  流るる水を ながむれば
  夢はずかしき 涙かな


 
2.
L
ife is nothing but parting; that's an unchangeable truth
That's the way the world goes and that's all we should know
However, my dearest friend, when seeing this flood-tide take you

I must shed tears of sorrow in spite of myself


3.
君がさやけき 目の色も
  君くれないの くちびるも
  君がみどりの 黒髪も
  またいつか見ん この別れ


3.
Until I meet you again I'll miss you so much
I'll miss your bright eyes, your deep-red lips and your raven hair

However, my dearest friend, hope is always with us
   
We must believe we'll meet again, though we are parting now


無断引用禁止 Copyright (C) YAMAGISHI, Katsuei


◆島崎藤村による原詩「高楼」についてはこちらを参照。
◆「惜別の歌」は中央大学の学生歌でもある。こちらを参照。
◆こちら(「二木紘三のうた物語」惜別の歌@AB)も参照。
◆穴沢利夫少尉と「惜別の歌」についてはこちらを参照。


◆作曲者・藤江氏の“想い”を感じる文章に出合ったので、こちらから引用させていただいた(下線は私が施した)。

北村
 藤村の「高楼」は、嫁に行く姉を妹が送る別れの詩だったのが、「惜別の歌」は、戦争へ行く友との別れになった。
藤江 そうです。原詩は全部平仮名ですけれども、そういうやわらかいトーンじゃなくて、気持ちとしてはもう悲愁一色でしたからね。中央大学の学生歌から一般の歌になったことを今の中大生やOBでも知らない人が多いので、「なぜ俺たちは卒業式に小林旭の歌を歌うんだ」という疑問が出てきますから、僕も何回か大学に行って話をしましたけれど。
北村 受け継がれてずっと歌われているとお聞きになって、いかがですか。
藤江 それはありがたいと思います。今年は敗戦六十年で、靖国問題とか憲法改正とかで騒いでいるときに、「惜別の歌」はこういう状況下でできた歌だという認識を持ってもらいたくて、講演の締めくくりには必ず、五十回に一回でいいから、いや、百回に一回でもいい、そういう時代があったと思い出してくれと話します。そういう願いはあります


「かあさんの歌」 「上を向いて歩こう」 「遠くへ行きたい」  「星影のワルツ」 「七つの子」
「見上げてごらん夜の星を」 英語教育の一環としての「演歌」の翻訳
― METSでの実践
明海大学学歌
「よろこび」
「故 郷」 「与 作」
「証城寺の狸ばやし」 「春が来た」 「春の小川」 「こいのぼり」 「浜辺の歌」
「人を恋うる歌」 「坊がつる讃歌」 「夕焼け小焼け」 「四季の歌」 「桃太郎」 「さくら貝の歌」
「朧月夜」 「早春賦」 「赤とんぼ」 「われは海の子」 「仰げば尊し」 「紅葉」
「赤い靴」 「浜千鳥」

下の文章は山岸ゼミ生が専用掲示板に書いたもので、参考までに諸君の了解を得て転載します。

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/01(Tue) 00:07
投稿者 渡辺翔子
山岸勝榮先生
 先生のお好きな曲を私どもにご紹介下さいまして有難うございました。「惜別の歌」は先生の御訳を通じて初めて聞いた曲でございます。以前にご紹介下さいました「さくら貝の歌」などを両親に聞いてみたところ、父は非常に思い出深い曲だと申しておりました。今回の「惜別の歌」につきましても両親に話を聞いてみようと思っております。
 「遠き別れに 耐えかねて」というはじめの歌詞の部分を、先生は"I'm unable to say goodbye to you, now that you're going away."と訳出なさっておられます。「私はさよならを告げられずにいるけれど、あなたは行ってしまう。」という英訳をなさった先生の御訳からは、日本語の詞よりもさらに深い想いが伝わってまいりました。日本語には日本語の美しさがございます。けれども、先生がご自身で英訳なさった曲をご紹介くださるたびに、英語のもつストレートな表現、そして1つ1つの単語の魅力を学ばせていただいております。

 また、「またいつか見ん この別れ」という箇所を先生は"We must believe we'll meet again, though we are parting now."とお書きになられております。日本語の詞だけですと、どうしても哀愁漂う印象を私は抱きがちになってしまいます。ところが、先生の御訳から前向きな気持ちと二人の確固たる友情の絆を感じさせていただきました。
 先生がご紹介下さる曲は初めて耳にする曲が多く、日本語の味わい深さを知ることが出来て、さらに先生の英訳を拝読させていただくことが出来ますので、一曲の中から多くのことを学ばせていただいております。私どもにこうした日本の素敵な曲を知る機会をお与え下さり、まことに有難うございました。渡辺翔子(現ゼミ特修生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/01(Tue) 17:00
投稿者 林明日香
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳ご公表についてお知らせくださり、ありがとうございます。「惜別の歌」という歌は初めて耳にした歌でしたので、「さくら貝の歌」について書き込みをさせていただいた時と同様に、まずは「惜別の歌」がつくられた背景を調べました。山岸先生がご紹介くださったリンク先で、この歌には原詩があり、「嫁いでゆく姉を妹が送る」という内容であることを学ばせていただきました。また、戦時中にその詩を一部換えて、ある女学生が戦場へ向かう男子学生に宛てたものが「惜別の歌」になったということもわかりました。
 このような背景がこの歌にあるということを踏まえ、山岸先生の御訳を拝読させていただくと、より一層、歌に込められた「悲しみ」が伝わる訳にされていらっしゃるということがわかりました。特に強く心を打たれたところは、2番の歌詞に出てくる「流るる水を ながむれば」という箇所です。山岸先生は“However, my dearest friend, when seeing this flood-tide take you,”と訳していらっしゃいます。この“this flood-tide take you”という文から、「歌詞に出てくる「涙」というものが、どれだけの深い悲しみを表していたのか」ということがわかり、別れの辛さが伝わって参りました。
 また、山岸先生の御訳から「悲しみ」という言葉の表現として“sadness”だけではなく、“sorrow”という単語もあるということがわかりました。さらに、両者の違いを辞書で調べた際に“grief”という単語も「悲しみ」という意味を持つことを知りました。3つの単語を使い分けられるように、それぞれの意味をきちんと理解して、今後の学習で活かして参ります。林明日香(現ゼミ特修生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/02(Wed) 11:37
投稿者 華山優子  
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」をご紹介くださりありがとうございます。私もこの歌を存じておりませんでした。先生のブログや、リンクされておりますwebサイトでこの歌がどのような背景を持つのかを知りました。大切な人との別れは悲しいものでありますが、先生の御訳からは、この歌の悲しさだけでなく、心の絆の強さのようなものも伝わって参ります。
 「この高楼に 登るかな」の箇所を”I've tried to hide my feelings and that's all I could do”とされ、「高楼に登った」ということがどういうことなのかを説明なさっていらっしゃいます。このように表現することで、大切な人との別れるつらさがより伝わって参ります。「つらく悲しい思いを隠そうと努めた。それが私のできる精一杯のことである。」というこの文を読めば、彼らがどれだけ親しく心を許しあっていた仲なのかが伝わって参ります。
 3番では、”Until I meet you again I'll miss you so much”という英文を付け加えていらっしゃいます。この文をつけることで、曲に合わせて歌うことができるだけでなく、最後の”We must believe we'll meet again, though we are parting now”で伝えている思いを、より強く感じることができるように思います。1,2番で別れの悲しさを伝え、3番ではこの2つの文章でいつかまた会おうという希望や強い思いが伝わって参ります。
 日本語の歌詞には「くれない」という表現がよく使われているように思います。しかしながら同じ「くれない」であっても、英訳する場合にはそれぞれの歌詞にあわせて表現を変える必要があることを学びました。「坊がつる讃歌」では「山くれない」を”deep purplish red”と表現なさっていらっしゃいましたが、今回は「くれない」を”deep-red”と表現なさっています。「坊がつる賛歌」での「くれない」はミヤマキリシタという花の色であるのに対し、「惜別の歌」では唇の色でございますので、先生の御訳のように表現を変える必要があることがわかりました。また、「黒髪」を”raven”と表現すれば良いことも学びました。黒=blackと訳すだけでは、日本語がいう「黒髪」とは少々違うように思います。”raven”とすれば、つややかな黒髪となりますので、日本語のいう「黒髪」にまさにぴったりの表現でございます。
 1番から3番まで同じ文体で統一されておりますので、大変詩的で読みやすく、また歌いやすい英訳でございます。”However, my dearest friend”を1番から3番までお使いになることで、大切な友(人)を思う気持ちが伝わって参りますし、歌全体に統一感を持たせることができます。また、2行目の歌詞では“and”でつなぐ文体で統一されておりますので、ここでも歌詞の統一感がございます。
 先生の御訳を拝読いたすたびに、新たな表現方法を学ばせていただいております。こうして学んだことを今後の学習に活かせますように、また、先生の御訳に一歩でも二歩でも近づけますように、精進して参ります。華山優子(4年次特修生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/03(Thu) 00:45
投稿者 上村美歩  
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳をご紹介くださり、まことにありがとうございます。華山さんもおっしゃっていましたが、先生の英訳から、大切な人との別れの悲しさと、強い絆を感じることができました。
 先生は「この高楼に登るかな」というところを“I've tried to hide my feelings and that's all I could do.”と英訳なさっています。私は高楼という言葉を存じておりませんでしたので、辞書で調べました。そうしましたら「高く作った殿舎」とありましたが、この意味をそのまま英訳しても、意味を正確に伝えることはできません。直訳するだけではいけないということを、先生の英訳から勉強させていただきました。また、先生の“Life is nothing but parting; that's an unchangeable truth. That's the way the world goes and that's all we should know.”という英訳から「別れはとても悲しいものだが、受け入れなければならない」という思いが伝わって参りました。
 私は英語に対して、温かさを感じることはあまりありませんでした。それはただ、そのような英語に触れていなかっただけだということが、先生の英訳やBeatrix Potterの文章から理解いたしました。本年度ゼミ生 上村美歩

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/03(Thu) 11:51
投稿者 佐藤亜津子
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳を載せてくださりありがとうございます。「惜別の歌」という歌を今回初めて聴きました。私は今週、大切な人と8ヶ月間離れてしまいます。8ヶ月間はあっという間に過ぎてしまうだろうと思う時と、とても長く感じてしまう時があります。やはり、大切な人と離れ離れになってしまうことは、とてもつらいものです。この「惜別の歌」の歌詞にも、大切な人との別れを悲しんでいる様子をとても強く感じました。先生は3番の歌詞でI'll miss youという言葉を繰り返し使われております。
 日本語の歌詞には「あなたに会いたい」「寂しい」という言葉は、直接は書かれておりません。書かれていないのだけれど、「会いたい」という気持ちはとても強く感じます。ですが、きっとこの歌詞をそのまま英訳してみるだけですと、この歌の重さというものが伝わらないと思います。この歌の歌詞(または詩)は何を伝えようとしているのかという
ことを考え、読み取り、英訳する必要があることを学びました。佐藤亜津子(ゼミ生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/03(Thu) 21:43
投稿者 吉川 良
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳をご紹介くださりまことにありがとうございます。私は「惜別の歌」という歌を存じませんでした。先生がホームページにてご掲載くださった文章から、「惜別の歌」は元々島崎藤村が嫁に行く姉を妹が送る歌であったこと、またそれが徴兵された友に送る歌となったことを知りました。まだ大きな夢を持ち始めた私どもと同年代の若者が戦場へ駆り出され、「命はないもの」と腹を決め戦地に向かったこと彼らを思うと涙が溢れそうになります。先日、イラクから自衛隊が全員無事に帰還しましたが、この歌についての思いを学んだことで改めて平和を願う思いが強くなりました。
 大変お恥ずかしいことですが、日本語である「さやけき」という語を存じませんでした。国語辞典で調べたところ「明けし」という語で載っておりました。「はっきりとしている」や「清らかである」という意味が載っておりましたので、先生がbright eyesと御訳なされたことを理解できました。日本の男にとって人前で涙を流すことは「恥」であるという美学がありましたから(今でのその美学は残っておりますが、平気で女性の前で泣く男性も今日多くおります。)高楼に登って涙(溢れ出る感情)を隠そうとしたことと思います。ここでただ単に高楼に登ると訳してしまえば、英語圏の人々は「なぜ」と必ず考えるはずですから、それを先生が御訳なされたように、訳出に盛り込んでやらなければいけないことを学びました。
 先生は歌の最後をWe must believe that we'll meet again, though we are parting nowと御訳されています。帰って来れる望みが少ない中でも、帰って来れると信じる強い思いが感じられる中に、もう別れなくてはならない身を切るようなつらい思いも伝わって参りました。
 対照言語研究の授業の中で先生が「日本語は大事な事は言わない文化である」とお話しくださりました。少ない情報から作者が込めた思いを読み取り、それを英語で伝えるのは大変難しいことですが、先生の英訳から勉強させていただいたことを自分の血と肉にしてこれからも精進して参ります。吉川良(本年度ゼミ生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/05(Sat) 00:29
投稿者 亀山由華  
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳をご紹介くださりありがとうございます。こちらの歌の背景を読みまして、戦時中につくられた曲だということを知りました。私にとっての「別れ」は、さよならを言ってもいつか必ず会える別れで、それが当たり前だと思っていました。「遠き別れに耐えかねてこの高楼に登るかな」と表現されている文章には、もう二度と会うことのできないかもしれない友に別れを言わなければならない辛さが想像でき、とても切ない気持ちにさせられました。
 先生の御訳から学ばせていただきました事を書き込ませていただきます。
1番の歌詞の中で先生は“I've tried to hide my feelings and that's all I could do.”と御訳されています。日本語には「高楼に登る」という表現がされていますが、そのような表現は英訳の中にされておりません。華山さんもおっしゃっておられましたが、高楼に登った理由が英訳の中では表現されていると思いました。友人の前で自分の悲しむ姿を見せないよう、本当の気持ちを隠している姿は、友人を思いやっている温かさが伝わってきます。それと同時に、その後の“that's all I could do”という表現の中には、戦場へ向かう友人にどうすることもできず、ただ自分の気持ちを隠すことぐらいかできない姿が伺え、とても切なく感じさせられました。私は、「高楼に登る」という日本語を見ますとすぐに、“tall building”などという言葉を使った英訳を考えてしまうと思います。「高楼に登る」を日本語のままに表現してしまうと、読み手にその時の心情を上手に伝えられない文章になってしまうと思いました。
 英訳をする時には本当にその文章が読み手に伝わるような訳になっているかをよく考え、直訳ばかりに頼らない英訳をつくって参りたいと思います。そのためには歌の背景をしっかり把握する事がとても大切だということを学ばせていただきました。亀山由華(本年度ゼミ生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/05(Sat) 01:06
投稿者 生井優里恵
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」英訳ご公表についてお教えくださり、まことに有難う御座います。曲の題名は聞いたことがありましたが、歌詞と曲調は存じておりませんでした。山岸先生がこの曲を英訳くださったことで、「惜別の歌」をより深く知ることができました。重ねて御礼申し上げます。山岸先生の御訳を拝読して、学んだことを書き込ませていただきます。
 先生は1番から3番まで共通して‘However, my dearest friend’を訳文に入れていらっしゃいます。1番にはその訳文に対応する「わが友よ」という歌詞がありますが、2番・3番にはありません。しかしながら、この文を繰り返すことによって、親愛なる友への深い思いが伝わってくるように思います。共通した文を入れることによって、読み手にテーマを深く印象付けることができるという事を学ばせていただきました。
 3番の‘We must believe we'll meet again, though we are parting now.’の箇所ですが、他のゼミ生も書き込んでいらっしゃるように、親愛なる友との絆の深さを感じ取ることができました。
 「惜別の歌」は歌詞がとても短いにも拘わらず、その短い歌詞の中に深い意味が隠されていると思いました。その意味を汲み取って、英訳に反映させなければならないことを学ばせていただきました。生井優里恵(現ゼミ特修生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/05(Sat) 23:23
投稿者 近藤崇
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳をご紹介くださりありがとうございます。先生は「山岸教授の英語サロン」で「惜別の歌」が格調の高い日本語であることをお教えくださいましたが、原詩を読み、わたくしもそのことを実感致しました。その格調高い日本語から自分自身の日本語力を向上させなければならないということも痛感致しました。「君がさやけき 目の色も」を読みました時に、正直に申せば、その意味はわかりませんでしたが、そのあとの「君くれないの くちびるも」と「君がみどりの 黒髪も」から「さやけき」が「目の色」に係ることはわかりました。『旺文社国語辞典〔第8版〕』でその言葉を調べますと、「さやけ・し」があり、「【形ク】[古]@清い。澄んでいる。Aはっきりしている。明らかである。」と定義されておりました。それを見ました時に「なるほど。『さやけし』なら聞いたことがある。」と思いました。「君がさやけき 目の色も/君くれないの くちびるも/君がみどりの 黒髪も」はふだん使わない表現ですから、そのような日本語に触れることにより、多くのことを学べるだけでなく、そのような日本語であるからこそ、格調高い日本語であり、それを英語に訳すのは容易ではないのであろうと思います。「君がさやけき」、「君くれないの」、「君がみどりの」がいかにも格調の高い日本語であると感じました。
 先生は「遠き別れに 耐えかねて/この高楼(たかどの)に 登るかな」をI'm unable to say goodbye to you, now that you're going away. / I've tried to hide my feelings and that's all I could do. と訳していらっしゃいます。もしわたくしがそれを英語に訳しましたら、それをそのまま訳出したであろうと思います。先生は原詩をそのまま[文字通りに]訳出なさらずに、それがあらわす意味を英語で表現なさっていらっしゃいます。「遠き別れに 耐えかねて/この高楼(たかどの)に 登るかな」を「もうあなたは行ってしまうから、さようならを言うことができない。/私の気持ちを隠そうとしてきたが、私にできるのはただそれだけなのかもしれない」と考えてI'm unable to say goodbye to you, now that you're going away. / I've tried to hide my feelings and that's all I could do.と訳せばよいことを勉強致しました。

 「惜別の歌」の内容はある程度は理解することができましたが、それをきちんと理解することはできませんでした。先生の御訳を拝読致して、「惜別の歌」の内容を理解致すことができたのです。特に、2番の歌詞はどのような文の構造になっているのかよくわからなかったため、先生のLife is nothing but parting; that's an unchangeable truth. / That's the way the world goes and that's all we should know. / However, my dearest friend, when seeing this flood-tide take you, / I must shed tears of sorrow in spite of myself.を拝読致し、原詩の内容をきちんと理解致すことができました。Life is nothing but parting; that's an unchangeable truth.のように結論を先に言っておいて、That's the way the world goesと続きますので、原詩の内容を理解しやすくなります。さらに、3行目のHoweverが流れを変えてwhen seeing this flood-tide take you, I must shed tears of sorrow in spite of myself.と続きますから、原詩の内容をきちんと捉えることができました。in spite ofという表現は存じておりましたが、念のため、それを『スーパー・アンカー英和辞典』(第3版)で調べてみました。in spite ofの下にin spite of oneselfがあり、それはin spite ofとはまた別の意味があることを勉強致しました。念には念を入れて辞書を引くことの大切さを実感致しました。

 3番に関して、1行目に、Until I meet you again I'll miss you so much.と訳すことにより、3番全体の歌詞の内容を捉えやすくなることを先生の御訳から学ばせていただきました。「君がさやけき 目の色も」も「君くれないの くちびるも」も「君がみどりの 黒髪も」もUntil I meet you again I'll miss you so much.のことですから、それを先に訳してから、I'll miss your bright eyes, your deep-red lips and your raven hair.と具体的に訳せばわかりやすくなりますし、そのほうが英語的であると思いました。原詩にはUntil I meet you again I'll miss you so much.が書いてありません。「君がさやけき 目の色も/君くれないの くちびるも/君がみどりの 黒髪も」と書けば、Until I meet you again I'll miss you so much.が含まれますから、それをわざわざ書く必要がないと思います。また、それを書かないことにより、文の流れもよくなり、生き生きとした詩になって読み手[聞き手]にUntil I meet you again I'll miss you so much.が伝わってくるのだと思います。ただ、それを英語に訳す場合は、Until I meet you again I'll miss you so much.と訳さなければ、原詩の内容が上手く伝わらないのではないかと感じました。 近藤崇(院生、特修生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/06(Sun) 01:55
投稿者 栗田知里
山岸勝榮先生
 「惜別の歌」の英訳をご紹介くださり、ありがとうございます。前回と同様に、私は「惜別の歌」を存じておりませんでした。先生の御訳や、ご提示くださったホームページを拝見し、この歌は島崎藤村の「高楼」という詩が元になっていて、それが書き換えられてできたものということを知りました。先生の御訳から学ばせていただいた事を書き込ませていただきます。
 華山さんや亀山さんも書き込んでいらっしゃいますように、“この高楼に 登るかな”は、そのまま英訳しましても、その裏側にある感情が伝わりません。先生は“I've tried to hide my feelings and that's all I could do. ”と訳出なさっており、別れの悲しさをしっかりと感じ取ることができました。1番から3番で、“However, my dearest friend, ”という表現が使われております。“わが友よ”という呼びかけは1番にしか出て来ませんが、2番、3番でも用いる事で、全体を通して統一感が感じられます。先生の御訳ではいつも、こういった統一感がありますし、日本語にとらわれすぎる必要はないということを学ばさせていただいております。3番で、先生は日本語の歌詞にはない“Until I meet you again I'll miss you so much.”を加えていらっしゃいます。「今別れることはとても辛く、寂しいけれども、それもまた会うときまで」といった、悲しいながらもまた会うことを信じる強い気持ちが伝わって参りました。

イラク派兵の問題はありましたが、今現在日本では、戦争による大切な人との絶対的な別れというものを経験する事はありません。けれど、ほんの六十数年前には日常的に、ほとんどの人におとずれていたことです。物騒な世の中ではございますが、戦争のない平和な現状が続くとともに、日本以外の国でも戦争がなくなることを心より願うばかりでございます。栗田知里(今年度ゼミ生)

タイトル 山岸勝榮先生
投稿日 : 2006/08/06(Sun) 21:11
投稿者 石田眞紀子
山岸勝榮先生
私どもに「惜別の歌」の英訳をご紹介くださり、まことにありがとうございます。先生の御訳から学ばせていただいたことを書き込ませていただきます。
 私はこの歌を存じておりませんでしたので、まず日本語の歌詞からこの歌に含まれる本来の意味を掴もうと努めました。日本語の歌詞を何度か読み返し、友人と別れを惜しむ姿や悲しむ姿を思い描いておりました。先生がご紹介くださったリンク先で、この歌の背景を知り、戦争に行く友との別れを歌にしたものであることを学びました。戦時中は、私どもと同年代の若者たちが、夢も希望も捨てて戦地に向かい、「お国のために」と言って命を擲つ時代でした。この歌の背景を知れば知るほど、自身が体験した大切な人との別れと重なり、涙が溢れて参りました。
 先生は、「遠き別れに 耐えかねて」という箇所を‘I'm unable to say goodbye to you, now that you're going away.’と訳しておられます。私は、「耐えかねて」という日本語に引きずられてendure、bear、standというような「耐える」という意味を持つ単語ばかり思い浮かべておりました。先生の御訳を拝読し、それではこの歌に含まれる本来の意味を全く考えていなかったことに気づきました。先生の御訳から、友人との別れを耐え忍ぶ「‘I’(私)」の姿がはっきりと浮かんで参りました。また、「流るる水を ながむれば」という箇所を‘however,my dearest friend, when seeing this flood-tide take you.’と訳出なさっておられます。友人を‘friend’ではなく‘my dearest friend’とすることで、離れ離れになる友人との絆の深さを物語っているように感じました。そして、「君がさやけき 目の色も」という箇所を‘Until I meet you again I'll miss you so much.’と訳出されておられます。日本語の歌詞にはそれにあたる文はございませんが、この一文を入れることで、「‘I'(私)」の友人に対する想いと「いつかもう一度会おう」という希望を感じました。先生の御訳は決して難しい英単語を用いているわけではございません。しかしながら、文全体を通して大切な人を思う気持ちがひしひしと伝わって参りました。
 今回、私どもに「惜別の歌」をご紹介くださり、まことにありがとうございました。先生の御訳を拝読いたしますと、英語だけでなく日本語を学ぶことの大切さを痛感致します。先生から学ばせていただいたことを活かし、今後も精進して参ります。石田眞紀子(2006年度ゼミ特修生