故 郷
(ふるさと)


 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一
 英訳:山岸勝榮
(C)


 My Old Country Home
(Furusato)
 Lyrics: TAKANO Tatsuyuki
  Music: OKANO Teiichi
  Translation: YAMAGISHI Katsuei
(C)

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MIDI



こちら↓はある英語教育関連の講演会で英訳例として
     参考までに歌ったもので、録音状態は不良です。

(Click here ↓for the English version.)


こちらに宗次郎の美しいオカリナ演奏があります。
こちら世界三大テノールの一人、プラシド・ドミンゴの壮大な「故郷」が聴けます。


 
1.  うさぎ追いし かの山
    小ぶなつりし かの川
    夢はいまも めぐりて
    忘れがたき ふるさと

  2. いかにいます 父 母
    つつがなしや 友がき
    雨に風に つけても
    思いいづる ふるさと

  3.  こころざしを はたして
    いつの日にか 帰らん
    山はあおき ふるさと
    水は清き ふるさと

 


  1.  I hunted rabbits on that mountain.
     I fished for minnows in that stream.
     I still dream about those days I spent when a child.
     How I miss and long for my old country home.

  2.  Mother and father―are they doing well?
     Is everything all right with my old friends?
     When the rain falls, when the wind blows, I recall
     My happy childhood and my old country home.

  3.  Some day when I have done what I set out to do,
     I will return to where I used to have my home.
     Lush and green are the mountains of my homeland.
     Pure and clear is the water of my old country home.


無断引用禁止 Copyright (C) YAMAGISHI, Katsuei

1番に出てくる「かの山」は作詞家・高野辰之の故郷にある太平山(605m)、
かの川」は千曲川の支流の1つ斑尾川だと言われています。
私による「故郷(ふるさと)」の英訳について」もご覧ください。

原体験コラム集「ウサギ追い」 「故郷」(唱歌)Wikipedia
「故郷」歌の解説1解説2 「故郷」ドイツ語訳
吹浦忠正の新・徒然草「故郷」「朧月夜」 長野県:郷土の作詞家「高野辰之」


以下の文章は私のゼミの特修生で大学院博士前期課程1年生の大塚孝一君の手になるものです。
興味深い比較ですので、同君の了解を得て、転載します。



山岸勝榮教授
 今回は、「故郷」の英訳を比較します。いつものように、山岸教授の御訳とGreg Irwin氏が訳したものを比較し、そこに見られる顕著な違いを記します。今回も比較の資料を簡単にまとめました。Yahooボックスの「共有」フォルダPDFのファイルがございますので、ダウンロードなさってください(
下に引用:山岸)。

 山岸教授の御訳とIrwin氏の訳を比較し、その違いに目を向けると、教授の御訳には日本人的思想が、Irwin氏の訳にはアメリカ人的思想が、それぞれ反映されていることが認識できます。今回は以下に記します二つの観点から、その違いを述べてまいります。

@【情景部の訳出の違い】
 「故郷」には、情景を表している箇所が2つあります。1連1、2行目と3連の3、4行目です。この原詩にある「うさぎ」「山」「小ぶな」「川」に注目し、各名詞の訳語を分析します。
 まず、「うさぎ」ですが、山岸教授もrabbitsと訳出なさり、Irwin氏も同様に訳しています。「うさぎ」の訳語には違いが見られませんでした。
次に、「山」の訳語としてmountainが使われていますが、山岸教授が単数形でお訳しになっているのに対し、Irwin氏は複数形で表しています。日本語の「数」に関しましては、翻訳の限界が常に関係してきます。どちらが正しいという観点ではなく、その発想の違いが興味深いと感じます。
そして、「小ぶな」の英訳を見ますと、山岸教授はminnowsをお使いになり、Irwin氏はfishを用いています。山岸教授がminnowsをお選びになった理由は、教授のブログ(http://blog.livedoor.jp/yamakatsuei/archives/50549501.html)にございます。Irwin氏は、「小鮒」やminnowsなどと魚の種類を特定せずにfishを用いています。これは、「小ぶな」が英語圏では馴染みが無いことの証明であると考えられます。
最後の「川」ですが、山岸教授はstreamとお訳しになっています。Irwin氏はriversとしています。山岸教授は「川」というよりも、「小川」を連想なさっていることがstreamという訳語から分かります。Irwin氏はriversを用いていることから、大きな川で、しかも川が複数あるということが分かります。
 このように、情景を表現している「うさぎ追いし かの山」「小ぶなつりし かの川」にある名詞だけを見ても、山岸教授の心の中にございます「故郷」とIrwin氏が思う「故郷」がまったく違うということが分かります。特に「山」と「川」にあたる訳語を分析すると、山岸教授のmountainとstreamは、いかにも日本的なものであると、多くの日本人が感じるのではないでしょうか。一方のIrwin氏のmountainsとriversは広大なアメリカの土地にある山と大きな川を連想させるものであり、いかにもアメリカ的であるということが言えます。
 続いて、第3連の情景描写の英訳を比較します。
まず、「山はあおき」の英訳を比較します。山岸教授は「あおき」をLush and greenとお訳しになっています。そして、「山」は複数形です。一方のIrwin氏の英訳は、mountainsと複数形を用いているところは山岸教授と全く同じですが、形容詞mightyを用いていること、そして、現在分詞を用いて「あおき」をemeraldに訳していることが、顕著な違いと言えます。
 そして、「水は清き」の詩ですが、山岸教授はPure and clearという形容詞で「清き」を表現されています。そして水は単数形になっています。それに対して、Irwin氏の英訳はcrystalという形容詞で「清き」を表し、watersという複数形で「水」を表しています。
日本語には「山紫水明」という四字熟語がありますが、山岸教授の御訳からは、「山紫水明」が意味する山水の非常に美しい景観を感じ取ることができます。一方Irwin氏の訳からは、「山紫水明」とは全く異なる「故郷」、そびえ立つ山々と水晶のような水が連想されます。
 これまで比較したように、山岸教授の御訳とIrwin氏の英訳には、「故郷」に対する全く異なるイメージが反映されていることが分かります。

A【「懐かしさ」の訳出の違い】
 唱歌「故郷」を聞くと、多くの日本人が「懐かしさ」を覚えるのではないでしょうか。日本人はこの歌の歌詞から、そして心豊かになるあのメロディーから、各人が持つそれぞれの「故郷」を思い出し、それを「懐かしむ」ということが言えると思われます。
 もちろん、英語圏の人々も、「故郷」を表す英単語を見れば、それぞれの「故郷」を思い出すでしょう。しかし、それを「懐かしい」と思うのでしょうか。英語には、「懐かしい」にぴったり当てはまる語がないのはよく知られた事実です。よって、「懐かしい」を訳出するには、それに近い英単語を「意訳」として用いる必要があります。山岸教授は、英語にはない「懐かしい」という概念をどう訳されているのか。英語のネイティブで、日本語に長けているIrwin氏はどのように「懐かしい」を表現しているのか、そこに焦点を当ててみます。
 山岸教授の御訳には、「懐かしい」の意訳に当たる表現がいくつか出てきます。How I miss and long for my old country home.におけるmissとlong forが「懐かしい」の訳語と考えられます。そして、I recall My happy childhood and my old country home.におけるMy happy childhoodもある種の「懐かしさ」を漂わせる表現であると感じられます。そして、題名My Old Country HomeにあるOldです。
 一方、Irwin氏における「懐かしい」の訳語は、missしか見当たりません。そして、題名はMy Country Homeと、山岸教授がお使いになったOldがありません。
 上述の違いが「懐かしい」という概念を持つ日本文化とそうではない英語文化の違いとわたくしは考えます。山岸教授は、この歌を聴く英語圏の人々に、「懐かしさ」という概念を体験してもらいたいという願いを込めて、Old、miss、long for、My Happy Childhoodなどという原詩には無い、歌詞に隠された思いを英語になさっているということが言えるのではないでしょうか。対照的に、この曲を聴くと「懐かしさ」がこみ上げてくる日本人にとっては、上記のような単語は不要ということになるわけです。
 また、英語圏の文化に「懐かしい」という概念が無い理由の一つとして、「過去に重きを置かない」という特長があるのかもしれません。これに関しては、より深い考察が必要になります。

【小考察@】
 今回の「故郷」の英訳比較を通して認識できた最も興味深いことは、山岸教授には日本的故郷が、Irwin氏にはアメリカ的故郷がそれぞれ、英訳に色濃く反映されているということです。原詩に忠実で、そのニュアンスをできるだけ別の言語で表現するという、まさに教授の御訳はまぎれもない「翻訳」であるということが言えます。一方、「翻訳」という観点から見ると、Irwin氏の英訳は原詩とかけ離れていると言わざるを得ません。しかし、翻訳作品では無いと考えれば、異文化が反映された英訳であることは間違いありません。
もし、日本人やアメリカ人ではなく、イギリス人、オーストラリア人、カナダ人、また非英語圏の人々が、この「故郷」をメロディーに合わせて、Irwin氏のように比較的自由に解釈をすれば、その詩には、各国の典型的な「故郷」の風景が反映されるのではないでしょうか。

【小考察A】
 山岸教授は、ゼミ授業において、唱歌・童謡の美しい日本語、日本文化、日本人の心を早い段階で教えるべきということを強く主張なさっています。
 また、『日本の唱歌(中)大正・昭和篇』(金田一春彦 安西愛子編)には、「戦後、『兎追いし』を『兎はオイシイ』と誤解する子どもが出たとか、『如何にいます』はデス・マス言葉かと受取って、おかしがる子どもがいるとか言って、語句の難解さが話題になるが、むしろこのような歌でそういう日本語の語法を学ばせたい。」という記述があります。
 わたくしも、訳比較を通し、同様のことを考えるようになりました。例えば、前回の訳比較「浜辺の歌」にある「あした」の意味や、「昔のことぞ 忍ばるる」に見られる係り結びなどは、中学校からの古文から始めるのではなく、幼い頃から古文、文語表現に慣れさせ、語感を養うということが必要なのではないでしょうか。

「故郷」比較pdf

 平成25[2013]年8月5日
   大塚 孝一


この歌に関するかつての山岸ゼミ生の感想はこちら

「四季の歌」 「惜別の歌」 「かあさんの歌」 「上を向いて歩こう」 「遠くへ行きたい」 「与 作」
「見上げてごらん夜の星を」 「星影のワルツ」 英語教育の一環としての「演歌」の翻訳
― METSでの実践
明海大学学歌
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◇この曲は「著作権消滅曲」です。
MIDIhttp://www.freemid.jp/syometu/syometu.htmより拝借しました。
参考:童謡が消えていく