25. 英語教育の一環としての「演歌」の翻訳
―METS (=Meeting of English Teachers in Sapporo)での実践
1.平成16年[2004年]1月5、6日にかけて札幌の定山渓温泉に行ってきた。といっても、ゆっくりと温泉につかりに行ったわけではない。「英語の先生が、英語の先生として、活き活きと英語を話せる環境づくり」を主眼に活動を続けている札幌英語教師研究会(METS=Meeting
of English Teachers in Sapporo)の第8回年次セミナー“2004 All English Seminar
in Jozankei ”に講師として参加したのである。同研究会(平成8年7月結成され、現在会員は約400名)は北海道在住の英語教員諸氏が札幌中心街において、毎月1回の例会を、毎年1月には札幌郊外定山渓温泉において3泊4日のセミナーを開催している、NGO的発想の団体である。例年35人程度の参加者があるようで、元ALTの外国人インストラクター3名がfacilitatorとしてアドヴァイスを与えておられる。
本セミナーは「正月明けの温泉地で、オールイングリッシュという条件の下に、たとえactivity やworkshop やtaskから開放されても、温泉の中でも、宿泊部屋の中でも、食事中でも、また夜の宴会においても、参加者が英語を話し続けるという“英語漬け”が最大の特徴であり、魅力で」あると言う。代表は札幌学院大学教授・中川文夫氏が務められ、厚別高等学校教諭・稲毛知子氏、当別高等学校教諭・山下寧氏ほか計5名がスタッフとして活躍しておられる。
第8回のスケジュールは以下の通りであった。
1.期日 平成16年1月4日(日)〜7日(水) 3泊4日 2.対象 高等学校。中学校英語科教員 3.場所 定山渓グランドホテル(札幌市南区定山渓温泉) (011) 598-2211 4.プログラム 《1月4日(日)》 13:00‐13:30 受付 13:30‐14:15 開会式 14:15‐16:00 Special Lecture (北野マグダ氏:御茶ノ水女子大学附属高校講師) NHKテレビ「はじめよう英会話」出演 16:00‐19:00 〔休憩・夕食〕 19:00‐20:30 Picture Prersentations@(参加者によるShow & Tell) 20:30‐ 〔自由時間・就寝〕 《1月5日(月)》 ‐9:00 〔起床・朝食〕 9:00‐ 9:30 Morning Meeting 10:00‐10:50 Workshop #1: Knowing Me, Knowing You (グループ自己紹介) 11:10‐12:00 Workshop #2: Non-confrontational Confrontation (グループ討論) 12:00‐13:00 〔休憩・昼食〕 13:00‐16:30 Workshop #3: Here's the News. Read All About It. (英語新聞制作) 16:30‐19:00 〔休憩・夕食〕 19:00‐20:30 Picture PresentationsA(参加者によるShow & Tell) 20:30‐ 〔自由時間・就寝〕 《1月6日(火)》 ‐9:00 〔起床・朝食〕 9:00‐ 9:30 Morning Meeting 10:00‐12:00 Special Workshop (山岸勝榮氏:明海大学外国語学部教授) 学研「スーパー・アンカー<英和・和英辞典>」編集主幹、 研究社出版「英語になりにくい日本語をこう訳す」等著者、 第39回高教研英語部会基調講演講師 12:00‐13:00 〔休憩・昼食〕 13:00‐16:30 Workshop #4: Battle Royal: Snow White, The Winter Wolf vs. Flaming Cinderella (英語スキット制作) 16:30‐19:00 〔休憩・夕食〕 19:00‐20:30 Curtain Call (スキット・パフォーマンス) 20:30‐21:30 Farewell Party 21:30‐ 〔自由時間・就寝〕 《1月7日(水)》 ‐9:00 〔起床・朝食〕 9:00‐10:00 Workshop #5: Is English A Daily Part of Your Diet? 10:00‐10:30 閉会式 以下省略 |
私は上記の通り、1月6日のSpecial Workshopを担当した。ワークショップの内容は3曲の演歌を英訳し、それを録音テープに合わせて実際に歌ってみるというものであった。具体的には次のような作業をしていただいた。
@前夜4名1組のグループを作り、3曲の演歌から籤引きで1曲を選び、それを各グループの宿題として英訳し翌朝に臨む。
Aワークショップ当日、各グループの誰かがホワイトボードに英訳を書いている間に、別のだれかが英訳の困難点などを説明する。
B書き終わったら(パソコン所持者はそれに入力してそれをスクリーンに映し出し)、グループ以外の参加者から質問を受ける。
C続いて、グループ全員でそれを録音テープに合わせて歌う。
D全てが終了したら、今度は私自身の訳をプロジェクターを通じて紹介し、同じく録音テープに合わせて私自身が歌う。
2.定山渓でのSpecial Workshop に先立って、 私は平成15年度[20043年度]、明海大学外国語学部英米語学科の担当授業の1つ「Communication
Skills U‐b」(翻訳;後学期)において、数週間を費やして、受講生に自分の好きな童謡などを英訳させ、それを実際に歌わせてみた。私自身はある演歌を訳し、それを歌ったが、この歌は慶應義塾大学の1クラスでも試させた。予想通り、学生諸君は嬉々として翻訳作業に当たっていたように思う。これを英語教員に試したいと思い、実行に移したのが、上記のSpecial
Workshop であった。このワークショップを通じて、英語教員諸氏に確認していただきたかったのは、日本語と英語の音声的(特に韻律[拍節]的、リズム的)・統語的相違であり、発想的相違であった。
演歌を英訳してそれを歌うという行為はかなり以前から行なわれている。たとえば、梶原茂著・Mary Stickles監修『英語がみるみる上達するカラオケEnglish 』(昭和60年、講談社;日本音楽著作権協会許諾第8561018-501号)には29曲の演歌・歌謡曲が収録されており、私の好きな「北の宿から」、「与作」も収録されている。ちなみに、同書での英訳は次のようになっている(全歌詞が訳されているわけではない)。
「北の宿から」(From the Hotel Up North) Darling, are you doing fine Day by day, it seems to get so cold A sweater which I know you will never wear I sit here knitting in the cold *My heart, this woman's heart Is still attached to you I miss you so much at this hotel up north Though the blizzard, the sound of a train I can hear as if it's weeping I have a lot of sake but I'm still all alone I sing some songs that are mixed with my tears (*Repeat) |
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「与作」(Yosaku) Yosaku is cutting a tree Hey hey ho, Hey hey ho The echo answers back Hey hey ho, Hey hey ho (The) wife is weaving a loom Thump thump thump, Thump thump thump. She is a gentle girl Thump thump thump, Thump thump thump Yosaku Yosaku, The sun is going down soon Yosaku Yosaku, (The) wife is calling for you. Ho ho ho ho |
両方ともよくできていると思うが、語句の選び方や拍節の点で、私なら別の英訳を試みるが、ここで2点だけ言えば、まず題名にある「宿」に対しては、私なら“hotel”ではなく“inn”を用い、冒頭の「あなた変わりはないですか」という1文は、そこに訳されているようなDarling, are you doing fineではなく、Darling, how have you been since we said good-bye?とするであろう。「北の宿から」という題名に“hotel”ではモダン過ぎて、原詞の感じが出ないように思う。また、「与作」に関しても2点だけ言えば、まず題名の「与作」はYosakuとだけするのではなく、私ならYosaku,
the Woodcutter と表現するであろうし、「気立てのいい娘(こ)」は、7行目にあるような“a
gentle girl”ではなく、“(She is such) a sweet woman”と“sweet”を用いるであろう。(こちらが後日私が英訳した「北の宿から」;また、こちらが私による「与作」の英訳)
3.この作業は参加された先生方の興味を大いに引いたようで、世話役のY先生からは、「参加者は演歌を英語にしていく作業で多くのことを学んだといっていました。また、中には『最初は辛かったけど、どういう英語表現にすれば最もいいのかを、考えているときがとても楽しい作業に変わっていった。』といっていました」というようなご報告をメールでいただいた。さらに別の世話役のI先生からは、「『Let's translate Enka into English』は、まずassignmentが充実していました。元のグルーピングとはまた違うメンバー構成での活動も、協働作業に新たな魅力を加えたと思われます。22人の参加者のうち、11人がいわゆるrepeaterで、残りの11人が初参加でしたが、新旧どちらの人にとっても新しい企画であり、また何よりも英語教師が忘れがちな日本語の深さを再確認させていただけました。そして日本語音楽の調子と英語の子音的音節によるリズミカルな刻みとの融合を図ることを、全員が真剣に受け止め、格闘し、楽しませていただきました」というお言葉をいただいた。
日本人が何かを英訳する場合、文章の主語を見極めるのに一苦労することが少なくない。特に、演歌では誰が誰に言っているのかが不明瞭なことが多い。具体的翻訳作業では、いずれのグループもそれぞれ訳出には苦労したようであり、日本の歌詞が持つ抽象性の高さを実感したようである。
4.このワークショップで私が目指したことは、次の2点である。1点目は、日本人英語教師に、上記した通り、「日本語と英語の音声的(特に韻律[拍節]的、リズム的)・統語的相違、発想的相違を実感してもらいたい」ということであり、2点目は「演歌の英訳を外国人の心に響かせる」という個人的願いであった。前者については大成功であったと思う。後者については、facilitator
の一人として日本人教師の面倒を見て下さっていた、米国出身の B氏が、私へのメールの中で、“Tears welled up in my eyes as we sang those beautiful folk songs in English.
Obviously, to someone like who has never even thought about trying to understand
the meaning of any songs in that genre, the special workshop you ran was
a mind-broadening experience.” と、演歌に涙して下さったことを書いておられた。正直なところ、同氏のこの言葉は私にとっては大いに嬉しいものであった。日本人にとっての“名曲”が外国人にとっても名曲とは必ずしも言えないが、表現の仕方や語句の選択の仕方によっては、外国人の心を打ち、彼らの涙を誘うことも可能である。そのことを同氏の上記の言葉で実感することができた。
最後に、METSでのワークショップに参加して、英語力の更なる強化と教授技術の練磨を願う先生方には敬服あるのみである。私もささやかな協力者としてそれに参加し楽しいひとときを過ごすことができた。
METS 2004 All English Seminar in Jozankei |
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←英語教師としての向上心に燃える素晴らしい方たち |
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熱心な方たちと共に居るのはとても楽しい。→ | |
←演歌を英語で歌う(1) | |
なかなかの訳出でした。→ | |
←訳出上の困難点を解説する(1) | |
私の英訳を紹介し、歌ってみる(1)→ | |
←訳出上の困難点を解説する(2) | |
演歌を英語で歌う(2)→ | |
←自分のグループの訳出例を書き込む | |
演歌を英語で十分に表現する(=訳し歌う)ことができるようになれば、 英語も上級者の域に達している。→ |
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←途中でコメントをいれる | |
訳出作業中。真剣な眼差し(1)→ | |
←演歌の英訳を板書する一方で、訳出上の困難点を解説する | |
訳出上の困難点を解説する(3)→ | |
←演歌を英語で歌う(3) | |
訳出作業中。真剣な眼差し(2) → | |
←訳出上の困難点を解説する(4) | |
参加者の手になる英訳にコメントする→ | |
←演歌を英語で歌う(4)。 手と指にご注目! | |
私の英訳を紹介し、歌ってみる(2)→ | |
←演歌を英語で歌う(5) | |
程よい緊張感のある部屋→ | |
←訳出作業中。真剣な眼差し(3) |
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演歌を英語で歌う(6)→ | |
←METSのよき理解者のお一人 William Bowman氏; 日本が分かる《いい男》 |
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METSを代表して中川文夫会長が私に感謝状を下さった。→ | |
←若い人たちと語り合えることは喜ばしい。 | |
←METS会長・中川文夫札幌学院大学教授(右端)と 学習研究社出版営業部の打越賢治氏(左端)と 長勢直美氏(お二人は今回の陰の功労者) |
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和やかな雰囲気が感じられます。→ | |
←みなさんによくしていただきました。ありがとうございました。 |
METSの中心メンバーのお一人である稲毛知子先生からお送りいただいたPower Point用スライドはこちらです。 |