書評2 |
山岸勝榮著 『学習和英辞典編纂論とその実践』 |
(6・12刊 A5版479頁 本体4000円;こびあん書房) |
より充実した辞典のために 既存の辞典をあらゆる視点から分析・検証 評者:丸山孝男・明治大学教授 |
「週刊読書人」紙(2001年[平成13年] 9月21日、第2404号) |
古今東西、辞典に関する書物は意外と多く出版されている。しかし、本書のようにひとつの言語対もうひとつの言語の辞典の編纂について一冊にまとめられたというのは、国の内外を問わず、これが初めてではあるまいか。つまり、「独英辞典」にしろ「仏英辞典」にしろ、辞典編纂の理念と実践論だけで五百頁ちかい分厚い一冊の単行本が存在するとは考えにくいのである。 本書の最大の特色は、数多くある既存の和英辞典をありとあらゆる視点から徹底的に分析し、検証したことである。その場合、それらの辞典の内包されている弱点、不備な点、問題点などを浮き彫りにし、ただ単に批判的に捉えるのではなく、著者はそのすべてについて必ず建設的な代案、改善策、処理法を提示していることだ。そして、このことが、本書の存在意義を決定づけ、最大限説得力のあるものにしているのである。 既存の和英辞典のほとんどを洗い直すという、これほど地味で時間がかかり、根気を必要とする作業はあるまい。いや、根気だけではできなかったにちがいない。にもかかわらず、本書がこのような形で刊行されたということは、著者の頭の中に「本来あるべき和英辞典の明確なイメージ」があるだけでなく、日本語、英語という言語を心から愛し、かつそれらを教えることに並々ならぬ情熱をもっているからであろう。もちろん、学習者本位のより良い辞典をつくらなくてはならぬという使命感も大いにあったにちがいない。 著者は学習和英辞典を「日本人学習者が日本語を英語に直す際に必要となると思われる言語・文化情報を、十分かつ適切に提供することを目的として編纂された学習辞典のことである」と定義している。この定義をよりひらたく言えば、「学習者にとってわかりやすく信頼でき、痒いところに手が届くような辞典」ということになろう。 本書のなかで詳細に提示されている和英辞典編纂の理念、即ち改善策、処理法は多岐にわたっている。だから、これらの理念はなにも「和英辞典」にのみ限定して応用されるべきではない。例えば、「和仏辞典」「和独辞典」などだけでなく、「国語辞典」の編纂にも大いに応用されてしかるべきものである。英和・和英を問わず、これからもいろいろな辞典が刊行されるであろう。当然、既存の辞典の改訂版も刊行されるであろう。そのとき、辞典監修者、編集主幹、編集委員はもちろんのこと、それぞれの項目の執筆者が本書をマニュアルのひとつとして用いれば、その辞典は当初、意図していたものよりもはるかに充実したものができあがるであろう。この場合の充実とは、学習者が手元においておき、信頼をよせ、いつでも安心して使いこなせる道具としての辞典ということである。 |
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