8.コミュニケーションと辞書

                                             

本稿は、平成14年[2002年]1月10日に行なわれた第39回北海道高等学校教育大会英語部会研究集会(会場:北海道札幌厚別高等学校)において私が行なった模擬授業「コミュニケーションと辞書」の流れを示すものですが、増補版にしてあります。

                                                                                                                             (写真提供:北海道高英研)              

                                                                                                                                   
本模擬授業の目的
英語を母語としない日本人英語教員にとって、どのような表現が改まっていて丁寧なのか、どのような表現が砕けているのか、あるいはどのような表現が古風なのか、あるいは古風になりつつあるのかといったことを的確に判断するのは至難の業でしょう。また、日英語の
denotation(明示的意味、辞書的意味) connotation(暗示的意味、文化的意味)のズレなどを心得て、それを日常的授業に反映させるということも、相当な努力をしなければ、普通は実現不可能か、不可能に近くなるでしょう。指定教科書に則って教えている場合には、Teacher's ManualALTや辞書などの世話になるはずです。
 本日の模擬授業では、Teacher's ManualALTはさて置き、主に英語辞書(英和辞典、和英辞典)を利用しながら、実践的コミュニケーション能力の育成に資する授業をするにはどうすれば良いか、英語辞書はどのような時に無力(に等しいもの)になるかといった点に焦点を当てていきたいと思います。したがって、本模擬授業は、午前中に行なわれた私の基調講演「辞書作りから見た日本の英語教育」の主旨を生かしたものとなります。なお、私は辞書指導を「生涯教育の一環」と位置づけており、中学校の終わりから高等学校の初学年の頃に(あるいは適宜)、教員が工夫を凝らした辞書活用法(たとえば、これから私が行なうような類のもの)を実践することが望ましいと思っています。

T コミュニケーションと辞書活用
1.英和辞典の活用(和英辞典でも可能)

 英和辞典を日常どのように利用するのが実践的コミュニケーション能力の育成に繋がるのでしょうか。時間の関係で、「スピーチレベル」(speech level)、「頻度の副詞」、「発音(弱型、強型)」の問題を取り上げてみます。最初の「スピーチレベル」とは、やさしく言えば、「言葉のTPO」です。私たちは、時、所、場面によって衣服を替えます。同じように、時、所、場面によって言葉遣いを変えます。そこで、次の2群の諸表現を指示されているように並べ替えて下さい。

(1)スピーチレベルの問題
  次の (a) (b)各群の英語を丁寧度の低いものから、高いものの順に並べて下さい。

(1) 1. Thank you.
2.
 Thank you very [so] much (for…)
3.
  I really appreciate your…
4.
 I'm very grateful to you for…
5
Thanks.
6.
  I'm obliged to you for…
( b )
       
1.  I (must) apologize for being late.
2.
  I'm sorry I'm late.
3. I'm sorry to be late.
4.
  Sorry I'm late.
5.  I'm sorry to be late. Please accept my apologies.

  【解答】(a) 5/ 1/ 2/ 3/ 4/ 6 (b) 4/ 2/ 3/ 1/ 5
  
【ポイント】日本語相当訳を探し当てる練習をします。和英辞典
       なら、その逆で、英語相当訳を探し当てる練習をします。な
       ぜそのような訳になるのかという点についても考えます(単
       語・形式などを比較します)。  
 
(2)頻度の副詞の問題
  次の各文を斜体字の頻度副詞に注意しながら高頻度から低頻度の順に並べて下さい。

 1.      I sometimes drive to work.
 2.
      I always drive to work.
 3.
     I usually drive to work.
 4.
      I rarely drive to work.
 5.
      I never drive to work.
 6.
      I often drive to work.
 7.
      I almost never drive to work.

   【解答】2/ 3/ 6/ 1/ 4/ 7/ 5
     
 【ポイント】副詞の sometimesを「ときどき」と訳す英和辞典、
     英語教師、英語学習者等が多いのですが、この訳はミス
     リーディングだと思います。その理由を各副詞の頻度割
     合をグラフなどで示した英和辞典で確認してみましょう。

(3)発音(弱型、強型)の問題
 次の do, but, toの発音(弱型、強型)を辞書で確認しながら、各文を音読して下さい。

1. Where do you live? Do you live in Sapporo?
Yes, I do.
2.  “I'm sorry, but I didn’t understand…”
 “But I spoke quite clearly…”
 “Ah, but you spoke too quickly.”
3. Where would you like to go?
Shall we go to Disneyland?
Yes, I’d like to.


      【ポイント】日本人の英語学習で比較的おろそかにされる
     点です。通じれば良いとする考え方もありますが、こ
     れらの弱型、強型は意味と密接な関わりがあります
     から、やはり、きちんとした発音指導をすべきだと思
     います。

その他、have, shallなどを用いた例の場合にも注意が必要である。たとえば、次のような対話におけるhave, shallには弱型、強型の違いが観察されます。

( a ) Where have you been?
I've been on holiday.
I haven't seen you for weeks.


       

(b)  Where shall I see you again?
I shall be here on Monday.
Shall we talk about it then?” 

 
    
2.和英辞典の活用(英和辞典でも可能)
  
(1)代名詞の勉強
  
   
次の句・文・対話を英語に直しなさい。
   

1. 俺とお前の熱い友情
2. 「もしもし、ジュリアさん、いらっしゃいますか?」です。」 
3. オイ、きみ、立ち入り禁止の掲示が目に入らないのか?
4. 彼女はアメリカから来た方で、メアリー・スミスさんとおっしゃいます。
5. きみの彼女、名前何て言うの?
6 この本、に渡してくれないか?
7. 我々日本人は勤勉な国民だと思う。

【解答】それぞれ次のように訳せます。

1. the warm friendship between you and me.
(注)英語では自分はあとにいいます。ただし、悪いことをしたような場合は自分を先に置きます。
I and my brother broke your window./ I and Tanaka hid the vase.
2. Hello. Is Julia at home? / Can I speak to Julia?
This is she (speaking). / Speaking.
 
()This is I./ I am speaking.などとは言いません。
3.  Hey, you! Can’t you see the signKeep Off?
(注)Excuse me; Hello?などが丁寧です。
4. This is Mary Smith and she comes from the US.
(注)She comes from the US and her name is Mary Smith.としないように注意する必要があります。
5. What's your girlfriend's name?
(注)日本語の「彼女」(「彼」)には「恋人、ガールフレンド (ボーイフレンド)」の意味があります。
6. Give this book to him, will you?
(注)himなる人物がそばにいる場合には当人の名前を言うのが普通です。
7.   I think we Japanese are an industrious people.
() 日本人学習者は「我々日本人」の発想でこの言い方をすることが少なくありませんが、排他的に響く恐れがあるので、weまたJapaneseと言うほうが安全です。英語の代名詞と日本語の代名詞の用法には用い方の違いがあるものが少なくありません。上記の通りです。学習者はきちんと学んでおく必要があります。

U 辞書の限界
  
1.リズム (stress time)の世界 次の対話文、詩にリズムを付けながら(リズミカルに)読んでみてください。対話の場合、ABとに分かれて行なって下さい。

( a )  A: Jimmy! Jimmy!
B: Jenny! Jenny!
A: Missed you, Jimmy!
B: Missed you, Jenny!
A: Like me, Jimmy!
B: Love you, Jenny!
( b ) A: Carolyn.
B: Christopher.
A: Where are my spectacles?
B: Here your spectacles.
A: Where were you hiding them?
B: Hiding them?
A: Hiding them.
B: I wasn’t hiding them.
A: Where’s my pullover?
B: Find it yourself.
( c ) A: Dinner’s ready. Come and get it.
B: What’s for dinner?
A: Something special.
B: Something special?
A: Chicken curry. Don’t you like it?
B: Yes, I love it. What’s for pudding?
A: Wait and see.
( d ) In winter I get up at night
And dress by yellow candle light.
In summer, quite the other way,
I have to go to bed by day.

I have to go to bed and see
The birds still hopping on the tree.
Or hear the grown-up people’s feet
Still going past me in the street.

And does it not seem hard to you,
When all the sky is clear and blue,
And I should like so much to play
To have to go to bed by day.

2.(語)強勢の世界
 次の文は9語から成り立っていますが、(語)強勢の場所を変化させることによって、意味に変化を生じさせることが可能です。@からHまでの各語の強勢の置き場所を変化させることで、どのような意味変化が生じると思いますか(強勢の置かれない語もあります)。

I

met

him

on

the

platform

on

Friday

morning.

@

A

B

C

D

E

F

G

H

 
【解答】この文に、たとえば“(Have you) seen Jones lately?”(最近ジョンに会った?)のような質問文があったと仮定しましょう。そう質問された場合の応答文として、@に強勢を置いてこの文章を言ったとしたら、どのような意味になるでしょう。@から順に強勢を置き換えてHまで見てみましょう。

@ I met him on the platform on Friday morning.
 →When did you meet him?のような質問文を後続させる場合が考えられる。
A I met him on the platform on Friday morning.
 →so I know that he is aboutのような文を付加する場合が考えられる。
B I met him on the platform on Friday morning
 →but not his wifeのような句を付加する場合が考えられる。
C I met him on the platform on Friday morning.
 →before the train came inのような文を付加する場合が考えられる。
D I met him on the platform on Friday morning.
 →この定冠詞に強勢を置くことは普通はないと思います。
E  I met him on the platform on Friday morning.
 →that’s where I met himのような文を付加する場合が考えられます。
F I met him on the platform on Friday morning.
 →この前置詞に強勢を置くことは普通はないと思います。
G  I met him on the platform on Friday morning.
 →I met him on Friday morning.の意味の場合に、2語に強勢を置きます。
H I met him on the platform on Friday morning.
 →and now he is deadのような文を念頭に置いて言うような場合が考えられます。
I   I met him on the platform on Friday morning.
 →and by this time I’m really tired of being contradicted.のような意味で言う場合が考えられます。

【ポイント】どこを強調することによって、どのような意味の変化が生じるかということを理解するために、分かりやすい対話例文を作って練習すると良いでしょう。

3.意味の世界
 次の各日本文のうち、英訳が添えられている場合には、その英文が日本文の意味を良く表しているかどうかを確認して下さい。「英訳して下さい」という指示のあるものには、適切な英語を添えて下さい。

(1) 少年は川を飛び越えようとした。
The boy tried jump over the river.
(2) それは単なる言い訳に過ぎない。
It’s noting but an excuse.
(3) 美佳と私はクラスメートです。
Mika and I are classmates.
(4) 「この席、ふさがってますか?」
「いいえ、どうぞ。」
Is this seat taken?”“No. Please.
(5) うちでは2月3日に豆まきをした。
We scattered beans on February 3.
(6)  少年達は浜辺で西瓜割りしていた。
The boys were splitting watermelons on the beach.
  
(7) ミス・ウエストは美人の音楽教師だ。
Miss West is a beautiful, music teacher.
(8) 「先月祖父が亡くなりました。」
「それはお気の毒でしたね。」
My grandfather passed away last month.
I feel sorry for you.
(9) 「あそこにいるのは、あなたのお兄さんですか?」
「いいえ、兄ではありません。」 

Who’s that gentleman over there? Isn’t he your older brother?
No, he's not my brother.
(10) 《手紙で》僕と付き合ってくれますか。
(英訳して下さい)
(11) 紙で》僕は一生あなたを大事にします。
  (英訳して下さい)
(12)  悪いけど、きょうはガールフレンドとデートがあるんだ。
(英訳して下さい)
(13) 「旅行はどうでした?「特にどうってことはなかったよ。」
(英訳して下さい)

【解答】
(1) 川」は大きなものを言い、人間が飛び越えられる程度のものはstreamまたは(文語では)brookと言います。
(2)
 英語の excuseはマイナスイメージの薄い語であり、日本語の「言い訳」が持つマイナスイメージを出すには、むしろ That's just a poor attempt to explain away your fault.のように言うほうが良いでしょう。
(3)
英語のclassmateはむしろ「同学年生」という意味で用いられる語であり、日本語の「クラスメート」の意味を出すには、Mika and I are in the same home classroom.のほうが良いでしょう。
(4)
pleaseは不要です。この語は日本語の「どうぞ」と異なり、あくまでも命令・指示を柔らかく響かせるための語ですから、ここではふさわしくありません。英語では、No.と答えるだけで十分です。
(5)
We [Our family] scattered roasted beans to drive out evil spirits on February 3.のように言わないと、日本の節分の意味は理解して貰えないでしょう。
(6)
The boys were playingSplit-the-watermelonon the beach.のように書けば、それが遊びの一種であるということが理解して貰えるでしょう。
(7)
Miss West is a music teacher and she is beautiful.とか Miss West, a music teacher, isbeautiful.のような書き方が良いでしょう。
(8)
応答文の I feel sorry for you.は本人を前にして言うと尊大な感じを与えます。I'm sorry to hear that.のような言い方が良いでしょう。
(9)
英語では、前に使った brotherを用いて言うことは一般的ではありません。No, you're mistaken.ような言い方が良いでしょう。
(10)
英語では、このような内容のことを手紙で書くことは普通ではありません。英訳としては、Will you go on a date with me?のように言えますが、口頭でLet's have dinner.とか Can I take you to a movie?などのように言って、デートに誘うのが普通でしょう。
(11)
この日本語からは、プロポーズをしている男性が連想されますが、英語の I will (love and) cherish you as long as I live.は、特にプロポーズの際に用いられると言うのではなく、愛する人に日常的に用いても良いものです。 
(12) 英語では、聞き手も知っている人物に言及する場合には、「ガールフレンド」などと言わずに、当人の名をきちんと言うのが普通です。
(13)
質問文は“How was your trip? / How did you like your trip?”(後者がより英語らしい表現)のように訳せますが、応答文は“ It was OK, but nothing special.”のように言うのが普通です。“Nothing special.”とだけ答えるのはぶっきらぼうです。   

Vまとめ
  
以上のことをまとめれば、次の3点になります。

1 さまざまな表現を覚える場合、系統立てられるものは系統立てて覚える(類似表現をまとめて覚える)。その場合、各表現の speech level (言葉のTPO)などに注意する。
2 辞書はいつどのような時に役に立ち、いつどのような時に非力[無力]になるかを心得ておく。
3 日英語の用法差・意味のズレなどを覚えておく。