To the dear memory of HAPPY
ハッピー1985.09.26〜2000.10.25)のありし日の姿 

《いつも私のそばにいてくれた》


穏やかで気品に満ちた友であった

英語の “friendly” と 日本語の 「人なつっこい」 の違い、および
成句 「飼い犬に手を噛まれる」の本義を教えることによって
私の蒙を啓いてくれた “偉大なる功労者 ”

For HAPPY, the great contributor to my dictionary-making, who
Enlightened me about the difference between the English word "friendly"
and the Japanese word "hito-natsukkoi" and the real meaning of the phrase
"Kai-inu ni te o kamareru" (be bitten by one's dog).


                                         「忘れな草」

      
     

幼い頃のハッピー; 私の書斎が大好きであった。



ハッピー専用の椅子。
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幼い頃、江ノ島海岸で




青年期

元気一杯だった頃(裏庭で); 今、ここに眠る




壮年期から老年期

「お父さん、お仕事しないとダメでしょ。」




「お父さん、辞書ができて良かったね。」




「お父さん、今年も頑張ったね」





老年期

痴呆症と白内障が表れ始めました。足腰が弱りました。




こうしていると共に過ごした月日の大切さが肌を伝わって来ます。




目が見えなくなりました。壁伝いにしか歩けません。




自力では立てないことも多くなりました。視力・聴力など、
ほとんどの機能が失われました。命あるものの姿です。
人間と何ら変わりません。いとおしさだけが募りました。





ハッピー、ありがとう。また生まれ変わっておいで(犬と魂)
 これ以降、老化現象がさらに顕著になり、夜鳴き、排便の不始末が目立つようになりました。幼児用の「おしめ」を改良して、日に数回、排便の始末をしてやりました。それから、完全に歩行不可能になり、食事も口を無理やり開けては流し込むといったやり方で摂らせました。聴力はありませんでした。
 この状態が半年ちかく続きました。私は大学の仕事、辞書編纂の仕事でくたくたになりながらも、ハッピーの立場に立って、精一杯の面倒をみました。
 命を引き取る数日前、私は両腕に抱いたハッピーの耳元に優しく語り掛けました。
 「ハッピー、楽しかったね。お父さんが辞書の仕事で徹夜続きの夏休みには、朝の4時半になると必ず散歩に行ったね。楽しかったね。良かったね。お父さんが頑張れたのはハッピーがいつも一緒に散歩に行ってくれて、お父さんが健康で居られたお陰だよ。ハッピー、ありがとう。ハッピー、本当にありがとう。」 
 そう言うと、聴力のないはずのハッピーが「クーン、クーン」と何度も、何度も声を出して反応するのです。私は本当に驚きました。家族のほかの者には何も反応しないのにです。私は、また、語り掛けました。
 「ハッピー、もし死んでも、また生まれ変わっておいで。お父さんのところに戻っておいで。今度の世でもまたお父さんの子だからね。必ず生まれ変わっておいで。待ってるからね。ハッピー。」 
 するとハッピーはやはり、「クーン、クーン」と何度も、何度も声を出して反応するのです。ハッピーには、きっと私の言う事が理解できていたに違いありません。私たち家族の者と過ごした、楽しかった日々を思い出していたのでしょう。
 平成12年[2000年]10月25日(水)、午前10時頃、ハッピーは15年の生涯を終えて、静かに息を引き取りました。私は大学の授業が昼夜を通じてあり、まことに残念ながら最期を看取ってやれませんでした。しかし、「父」として、できる限りの面倒は見てやりましたから、後悔はありませんでした。ハッピーのためにも後悔してはならないと思いました。「今、そんなに後悔するのなら、お父さん、どうしてボクが生きているうちに後悔しないための努力をしてくれなかったの」、そう言って叱られるはずです。
 私が帰宅した時には、長男が最後の入浴をさせてやり、長女が香をたき、花と浄水と好物とを添えていてくれました。生きていた時と同様の、穏やかな気品に満ちた死顔でした。ハッピーに対する我が子たちの優しさを目の当たりにした時、私は妻と共に、二人に施してきた「人間教育」と「優しさ教育」とが当を得たものであったことを確信しました。家族4人でハッピーの「通夜」をしてやり、その夜は私と妻の間にハッピーを寝かせてやりました。ハッピーとの15年間の思い出が走馬灯のように巡って来て、結局一晩中眠れませんでした。そばのハッピーの死顔が美しくさえ見えました。不思議なことに、死後硬直はほとんどありませんでした。
 翌朝(10月26日)、家族そろって 「告別式」 を催し、最後の抱擁ののち、裏庭に埋葬してやりました。火葬するには忍びませんでしたし、15年間、楽しく遊んだ「自分の庭」に眠ることをハッピーはきっと喜ぶだろうと思ったからです。
 私たち家族の者はハッピーからも「命」や「共に在ること」の大事さを教えてもらいました。この世でハッピーに出会えたことを喜び、幸せに思っています。ハッピー、本当に、本当にありがとう。  
                                                     「父」記す。


                          →ハッピー法要



15年という長い歳月
家族の一員として
喜びも悲しみも
共にしたハッピー。
君がいてくれて
家族のみんなが
本当に楽しかったよ。
たくさんの思い出をありがとう。
私たちがこの世に生きて在る限り
君の事は決して決して忘れないからね。




この花のように純なハッピーであった。




他のものの悲しみ
      

                      ウイリアム・ブレイク作

他人の悲しみを見て
悲しくならずにいられようか
他人のなげきを見て
やさしい慰めを探さずにいられようか

ひとが涙をこぼすのを見て
いっしょに悲しく感じないのか
父親が子供の泣くのを見て
胸がいっぱいにならぬだろうか

母親がおさなごのうめきや恐れを聞き
じっとすわっていられようか
いやいや  そんなこと あり得ない
決して決して あり得ない

すべての上にほほえみ給う神様が
みそさざいの小さい悲しみを聞き
おさなごの悲しみを聞き

それらの胸に憐れみをそそぎつつ
巣のそばに立たなくていられようか
おさない涙にもらい泣きしつつ
ねどこのそばにすわらずにいられようか

夜もひるもすわり われらの涙を
ぬぐって下さらなくていられようか
いやいや そんなこと あり得ない
決して決して あり得ない

神様は喜びをすべての人にわけて下さる
神様はおさなごとなられた
神様は悲しみの人となられた
神様はおさなごの悲しみを感じられる

お前がため息をつくとき
神様がそばにいらっしゃらないと思うな
お前が涙をながすとき
お前を創られたかたがそばにいらっしゃらないと思うな

ああ 神様は喜びをわれらにわけ与え
われらの悲しみを打ち破らんとし給う
われらの悲しみが一つでも残るあいだ
神様はわれらのそばでなげき給う

【土居光知訳】

上記の原文↓

On Another's Sorrow

                William Blake (1757?1827)

Can I see another's woe,
And not be in sorrow too?
Can I see another's grief,
And not seek for kind relief?

Can I see a falling tear,
And not feel my sorrow's share?
Can a father see his child
Weep, nor be with sorrow filled?

Can a mother sit and hear
An infant groan, an infant fear?
No, no!  never can it be!
Never, never can it be!

And can He who smiles on all
Hear the wren with sorrows small,
Hear the small bird's grief and care,
Hear the woes that infants bear --

And not sit beside the nest,
Pouring pity in their breast,
And not sit the cradle near,
Weeping tear on infant's tear?

And not sit both night and day,
Wiping all our tears away?
Oh no!  never can it be!
Never, never can it be!

He doth give his joy to all:
He becomes an infant small,
He becomes a man of woe,
He doth feel the sorrow too.

Think not thou canst sigh a sigh,
And thy Maker is not by:
Think not thou canst weep a tear,
And thy Maker is not near.

Oh He gives to us his joy,
That our grief He may destroy:
Till our grief is fled an gone
He doth sit by us and moan.


          



ある海鳥のこと




ある年の10月2日のこと、近所の防波堤で、傷付いた海鳥が一羽、もがいていました。
投げ竿のオモリか何かがぶつかったようで、左の羽を傷めていました。釣り人たちは誰
も気にも留めません。私と子供たちは、その鳥をうちへ連れ帰り、心をこめて手当をして
やりました。保護した日である10月2日をしゃれて「トニー」(10=「ト」、2=「ニ」)と名付
けました。それから数週間後、「トニー」はすっかり元気を取り戻しました。(写真・下)





「トニー」はしばらくして私達への警戒心を解きましたが、
ある日、予測された如く、どこへともなく飛び去って行きました。
最近、命あるものが目の前で苦しんでいても、「見て見ぬ
振りをする」ような、そんな「心無い人」が増えているように思います。




(飛ぶ練習をする「トニー」)



下の写真に写っている海鳥たちの中にも、釣り糸などが原因で片足を失ったと思われるものが数羽混じります。
それでも優しく接してやると、警戒心を解いて人間のいるほうへ寄って来てくれます。
うれしいことに、この鳥たちは私の顔を覚えてくれているようです。