XI スポーツ起源の成句
―野球の場合
成句をもっとも多く生み出したスポーツと言えば、前稿 (])で見たごとく、おそらくボクシングであろう。それに次ぐものとしては野球(baseball)が挙げられる。ただし、既述した通り、野球起源の成句の多くは、イギリスでは“アメリカ的な表現”と受け取られている(下記の
the ground rules はアメリカ英語以外でも一般化した例である)。これは、クリケット(cricket)起源の慣用句の多くが、そのスポーツの発祥地であるイギリスで一般的であり、アメリカではそれほど知られていないか、“イギリス的な表現”だと受け取られているのと同様である。
以下に、その野球に起源を有する成句の代表的なものを掲げてみようと思う。参考に供する諸文例はA.. Makkai, et al: A Dict. of American Idioms (1995;DAI と略す)および NTC's American Idioms Dict. (1994;NTC と略す)より借用し、日本語訳を添える。
farm out to a person (人・物)を…に預ける[託す];(仕事[仕事の一部])を…に請け負わせる[下請けさせる]。
●While Mother was sick, the children were farmed out to relatives. (母親が病気のあいだ、子供たちは親戚に預けられた)―DAI / When my mother died, they farmed me out to my aunt and uncle. (母が死んだとき、みんなは私を叔父夫婦のところに預けた)―NTC/Bill farmed his chores out to his brothers and sisters and went to a movie. (ビルは家の雑用を弟や妹にやらせて、自分は映画を見に行った)―NTC 《句源)「成績不振選手を二軍に預ける」に由来。
get to [reach] first base (with a person [something]) 足掛かりをつかむ、成功の糸口をつかむ。
◇通例、否定文、疑問文、条件文で用いる。
●If you don't dress neatly, you won't get to first base when you look for a job. (きちんとした服装をしないと、就職口を探す場合は、その糸口さえつかめないでしょう)―DAI/ Suppose Sam falls in love with Betty. Can he even get to first base with her? (サムがべティーに恋をしたとするよ。成功の糸口でも掴めると思う?)―DAI/ I wish I could get to first base with his business deal. (この商売上の取り引きにまず成功の糸口をつかみたい)―NTC/John adores Sally, but he can't even reach first base with her. (ジョンはサリーに憧れているが、付き合いの糸口さえつかんでいない)―Longman Dict. of English Idioms 《句源》文字通りには「1塁に達する」の意味であり、野球起源の句であることは容易に察せられる。
ground rules, the (行動上の)基本原則。
●When you go to a new school, you don't know the ground rules of how you are supposed to behave. (新しい学校に移った場合、自分がどう行動すればよいのか分からないものである)― DAI/When the young man startd to shout and be rude to everyone, he was asked
to leave. Some people simply don't know the ground rules. (その若者が大声を上げて周囲の人たちに失礼な行動を取り始めると、彼は退場を命じられた。人びとの中には、行動上の基本原則さえ知らない者がいる)― Longman Dict. of English Idioms 《句源》「各野球場の規則」の意味から。
have (got) something on the ball 有能である、熟達している;特別な才能を待つ。
◇something の代りに a lotを用いることもある。
●You can trust Syd; he's got a lot on the ball [he's got something on the ball ]. (スィドは信頼できるよ。有能だしね)―DAI 《句源》「特別の速球や球種を持っている」の意味から生じたもの。
have two strikes against [on] a person 不利な立場に立っている、成功の見込みが少ない。
◇ 動詞はhaveの代りにgetやhave gotでもよい。
●Children from the poorest parts of a city often have two strikes against them before they enter school. (町の最下層出身の子供たちは入学前から不利な立場に立っていることが多い)―DAI/I can't win. I've got two strikes against me before I start.(僕に勝ち目はないよ。やる前から立場が不利だよ)―NTC 《句源》これが野球起源の句であることは容易に察せられる。「ツーストライクを取られて」の意味。
hit-and-run (運転手などが)当て逃げの。
●Judges are stern with hit-and-run drivers. (裁判官は当て逃げドライバーには厳しい態度で臨む)―DAI 《句源》これが野球起源の句であることは容易に察せられる。 「ヒット・エンド・ラン」に由来する。
make a hit 人気を博する、…に気にいられる、 …に好感を与える。
●Mary's new red dress made a hit at the party. (メアリーの新しいドレスはパーティーで人気を博した)―DAI/John made a hit with my parents last evening. (ジョンは昨晩、私の両親に気にいられた[好感を与えた])―NTC 《句源》「ヒットを打つ」→「ヒットする」の意味発展の中から生まれた比喩的表現。
off base 間違って、不適切で。
●The idea that touching a toad causes warts is off base. (蛙に触るとイボができるという考え方は間違っている)―DAI/When Tom said that the teacher's explanation did not agree with the book,
the teacher was embarrassed at being caught off base. (先生の説明は教科書に書いてあることと違いますとトムが言ったとき、それを指摘された先生はきまり悪い思いをした)―DAI 《句源》「べ−ス[塁]を離れて」の意味より。また、“off−base”のように綴り、「間違った、不適切な」の意味でも用いる。 (例)an off-base action (間違った行動)、an off-base remark(不適切なことば)。
on the ball 活発に行動して;敏腕で、有能で。
●The coach told Jim he must get on the ball or he cannot stay on the team. (コーチはジムに向かって、バリバリやれない[活躍できない]のならチームにはいられないぞと言った)―DAI/You've got to be on the ball if you want to succeed in this business. (この商売で成功したいのなら敏腕である必要がある)―NTC 《句源》上掲の
have (got) something on the ball の後半部である。
on the fly 大急ぎで。
●I had my lunch on the fly. (僕は大急ぎで昼飯を食べた)―The World Book Dict. 《句源》「(打った球が)空中にある間に」「(打った球が)地上に落ちる前に」の意味。
out in left field (堆測・答えなどが)完全にはずれて;(行動などが)変になって、とっぴで。
●Johnny tried to answer the teacher's question, but he was way out in left field. (ジョニーは先生の質問に答えようとしたが、完全に間違って答えてしまった)―DAI/Susan tried to guess what the surprise was but she was way out in left field. (スーザンはその思いがけない贈物[計画]が何なのか当てようとしたが、まったくはずれてしまった)―DAI/Sally is a lot of fun, but she's sort of out in left field. (サリーはとても楽しい人だけど、ちょっと変わってるよ)―DAI/What a strange idea. It's really out in left field. (なんて変な考え方なんだ。まず普通じゃないね)―NTC 《句源》 レフトは打者(大多数は右打ち)にとっては視界が狭い場所であり、守備者にとっては飛球が陽光や風のいたずらを受け易い場所であるところから、「主流[大勢]から離れた場所」の比喩的意味が生じ、さらに out in left field が「完全にはずれて」「変になって」などの意味に転じたもの。
out of bounds 不穏当な;無理な、不当な。
●John was out of bounds when he called Tom a liar in the meeting. (ジョンがその会合でトムのことを嘘つきだと言ったのは不穏当だった)―DAI/Your demands are totally out of bounds. (君の要求はまったく不当だ)―NTC /Your request for money is out of bounds. (あなたがお金を要求するのは不当だ)―NTC 《句源》「ラインをはずれて」の意味で、野球起源だが、フットボール、サッカーなどでも用いる。
pinch-hit ピンチヒッター[代わり]を務める。
●I asked him to pinch-hit for me while I was away. (私は彼に留守中の代行を頼んだ)―DAI/ Sorry I can't pinch-hit. I don't have the time. (ごめん、代わってあげられないんだ。その時間がなくてね)―NTC 《句源》これが野球起源の句であることは容易に察せられる。
play ball (with a person) (人)と協力する。
●To get along during Prohibition, many men felt that they had to play ball with gangsters. (禁酒法時代に即応するためにはギャングと協力する必要性を感じると言う男たちが多かった)―DAI/Look, friend, if you play ball with me, everything will work out all right. (いいかい君、君が僕に協力してくれれば万事うまく行くんだよ)―NTC/Things would go better for you if you'd learn to play ball. (協力し合うことを学べば物事はよりうまく行くものだ)―NTC 《句源》これが野球の「試合を始める」の意味であることほ容易に案せられる。
right down [up] a person's alley (人)にとってお手のものである。
●Skiing is right down my alley. I love it.(スキーはお手のものよ。大好き)―NTC /This kind of thing is right up John's alley. (この種のことはジョンがお手のものだよ)―NTC 《句源》センター(center fielder)の左右の空間、すなわち左中間と右中間を alley とかpower alleyと呼ぶが、この辺りに好打球が出やすいところから、そこの守備を “お手のもの” とできる選手は名選手である。この句はこの事実を形容したもの。
right off the bat すぐに、何のためらいもなく。
●When he was learning to ride a bicycle, he fell on his head right off the bat. (彼は自転車の乗り方を学び始めてすぐに頭から転落してしまった)―NTC/The new manager demanded new office furniture right off the bat. (新しく来たマネージャーは何のためらいもなく新品のオフィス用家具を要求した)―NTC 《句源》バットに当たったポールが “すぐに跳ね返る”ようすを形容したもの。
send a person to the showers (選手)を交替させる。
◇ビッチャーを指すことが多い。
●The coach sent him to the showers after he walked three batters in a row. (コーチは連続して3人の打者を歩かせたピッチャーを交替させた)―The Random House Dict. (2nd ed. ) 《句源》文字通りには「(選手)にシャワーを浴びに行かせる」ということで、今では野球以外のスポーツで、「選手を退場させる」の意味でも用いる。(例) After the fist fight, the coaches sent both players to the showers. (殴り合いになったため、両コーチは各選手を退場させた)―NTC
strike out 失敗する。
●Give it another try. Just because you struck out once, it doesn't mean you can't do better now. (もう1度やってごらんよ。1度失敗したからって、次がうまく行かないってことはないんだから)
―NTC/Ann did her best, but she struck out anyway. (アンは最善を尽くしたが、やはり失敗してしまった)―NTC 《句源》これが野球の「三振する」に由来することは容易に察せられる。
take [get/have] a rain check 同じことを別の機会に行う約束をする。
●We would love to come to your house, but we are busy next Saturday. Could we take a rain check on your kind invitation? (お宅に伺いたいのですが、来週の土曜日は忙しくて都合が悪いんです。折角のご招待ですけど、次回にさせていただけますか)―NTC /Oh, yes. You have a rain check that's good anytime you can come by and visit. (もちろん、けっこうですよ。いつでもご都合のよろしいときにおいでください)―NTC 《句源》「雨天順延券」のことを “rain check”と呼ぶところから出た(raincheck と1語にも綴る)。動詞を giveにして give a person a rain check と言うと「今回実現しなかったことを次回にさせる」の意味になる。(例)We couldn't go to the Williams' party, so they gave us a rain check. (ウイリアムズ氏宅でのパーティーに出席できずにいたところ、次の機会にはぜひどうぞと言ってくれた)―NTC
take a walk さっさと立ち去る【どこかへ行く】。
●He was rude to me, so I took a walk and left him standing there. (彼が無礼なものだから、僕はその場に彼を残してさっさと立ち去った)―NTC /He was getting on my nerves, so I told him to take a walk. (私をイライラさせるものだから、私は彼にさっさとどこかへ行ってくれと言った)―NTC 《句源》「(四球で)出塁する」の意味から。
throw a person a curve (思いがけないことをして)(人)をまごつかせる。
●When you said “house” you threw me a curve. The password was supposed to be “home.” (君が“ハウス”って言ったときには、僕はまごついてしまったよ。合言葉は“ホーム”のはずだったからね)―NTC / John threw me a curve when we were making our presentation, and I forgot my speech. (我々がプレゼンテーションをやっているときに、私はジョンのせいでまごついてしまい、自分のスピーチを忘れてしまった)―NTC 《句源》「(人)にカーブを投げる」の意味から。
touch base with a person [on something] (人)と連絡をとる[相談する];(ある事)について連絡をとる[相談する]。
●I need to touch base with John on this matter. (僕はこの件でジョンと連絡をとる[相談する]必要がある)―NTC/John and I touched base on this question yesterday, and we are in agreement. (ジョンと私はきのうこの件で連結をとり合い[相談し]、意見の一致をみている)―NTC 《句源》自分自身または仲間のヒットで出塁して、1、2、3塁と塁を進めることを、「(人)に連絡をとる[相談に行く]」とか「(ある事)について連結をとる[相談する]」と形容したもの。
アメリカ英語への活力の付加
野球起源の諸表現は、そのほかにも多数ある。語レベルのものを含めると、140を軽く超える語や句を列挙することが可能である。その一部を追加すれば、たとえば、Let's play ball!は Let's get started!(行動開始だ!、さあやろう!)の意味であり、go to bat for a person [for something]はto support someone [something] strongly (人 [事柄]を強く支持する)の意味である。また、play to the grandstand は show off for the crowd (群衆を意識して派手に振る舞う、スタンドプレーをする)の意味である。さらに、今は古風な言い方になったようだが、a ballpark figureと言えば、a rough estimate of cost, size, numbers, etc. (費用、規模、数字などの概算)の意味である。特にアメリカ英語では、こうした野球起源の諸表現が同英語変種に活力を付加していると言える。
【本稿は拙著 『続々現代英米語の諸相』(こびあん書房、1993)に収録したものの改訂版です】