X 直訳・丸暗記の怖さ


  日本語を日本的発想で英訳したところで、意味を成さない場合が少なくないことぐらいだれにでも推測がつくであろう。ところが、その割には、明らかに日本語に影響された直訳的英語を書いたり話したりする学習者が多い(私も今もって例外ではない)。たとえば、私にはできるだけ英語で話し掛けるようにという指示に、学生の一人がある日、Will you pass your eyes through this manuscripts? と言ってきたことがあるが、これは明らかに日本語の「〜に目を通す」からの直訳であり、英語としては通じないものである。これは Could you take a look at this manuscript (, please)? とする必要がある。
  またある時、女子学生の一人が 「オーラル・イングリッシュ」 の時間に、クラスメートの男子学生の一人を指して、冗談半分に、Everybody says he has a strong heart. と言った。これが比喩的な意味での「(彼は)心臓が強い」の意味であることはすぐに理解できたが、英語では普通は、Everybody says he's got a lot of cheek [nerve]. とか、 Everybody says he's so cheeky. とかのように言う。
  あるいはまた、「私は他人から後ろ指を指されるようなことは何もしていない」を直訳して、I didn't do anything at all for which people would point to my back. とした学生がいたが、これも意味を成さない。これは、たとえば、 I haven't done anything to make people talk behind my back. ように表現する必要がある。  また、中年の夜間部生の一人が、いつだったか、私に向かって、I want to harden my body. と言ったことがあるが、私は最初、本人が何を言っているのか分からなかった。間もなく、それが「身を固めたい(=結婚して家庭を持ちたい)」という意味であると知った。それならば英語では、I want to get married and settle down. とか、I want to settle down and start a family myself. とかのようになる。
  日本の英語教育では、日本人が用いる英語のどういう点が、英語を母(国)語とする人々にどのように響く【映る】かということについてほとんど考慮していないようであるが、コミュニケーシヨン・ギャップを生じさせないためにも、顕著な発想法の違いについては適時にきちんと学習しておきたいものである。

単語レベルでの直訳・丸暗記の怖さ
  上で見てきたのは、句・文章レベルの例であるが、平易な単語にも、直訳すると、とんでもない誤訳となったり、誤解のもとになったりする危険性を孕んでいるものがある。
  たとえば、company secretary という語(厳密には「複合名詞 compound noun」と呼ぶべきである)。これはいかにも「会社の秘書」と訳せそうであるが、株式会社の「総務担当重役」もしくは「総務部長」のことである。主に《英》用法。
  ちなみに、初級・中級英語学習者は「会社の秘書」を(“a company secretary”と訳すのでなければ) “a secretary of a company”とするかも知れないが、英語では、これだと、「会社で種々の公式記録を取ったり議事録の整理をしたりする社員」と言っているように響く。つまり、英語では、日本語で言う「会社の秘書」は、「会社で働いている秘書」のように発想するよりも、「会社の社長付きの秘書」のように発想して、“a [the] secretary to the president of a company ” のように表現するのである (a は秘書が複数人の場合、 the は一人だけの場合)。
  また、housemanと言えば、いかにも「マイホーム男」(この意味では“family man”が用いられる)のようだが、これは病院の“intern”の意味のイギリス英語である (この語を実際に「マイホーム亭主」と訳した人がいる。)
  中には、文脈で決まるものもある。たとえば、fast worker という語。これほ、文脈によっては、「仕事の早い人」という意味になるが、「女性に手の早い男性」というスラング的な意味になる場合もある。というよりも、実際には後者の意味で用いられる場合のほうが多いようである。ちなみ、A Learner's Dict. of English Idioms (OUP, ’86)には次のように定義されている(sbはsomebody の略)。a fast worker (informal) sb, especially a man, who is good at establishing relations quickly with sb of the opposite sex. (異性と関係を持つのが素早い人、特に男性)。
  これらは特別な例であるが、平易な語でも,単純な覚え方をしていると、英語の真相を把握し損なってしまうことがある。たとえば、building というお馴染みの語。これを「ビル」とだけ覚えていると、A bus shelter is a small building with a roof where you can wait for a bus. というような場合のbuilding がうまく訳せなくなってしまう。この場合は単に「構造物」の意味である。この語が “小さな構造物” も指すことを忘れてはならない。
 あるいはまた、showerにわか雨」とばかり覚えていると、たとえは、The weather reporter says that there will be snow showers tonight.のような場合の shower がうまく訳せなくなってしまう。Showerとは、何も 「にわか雨」 だけを指すわけではなく、「急に降り出す雪【あられ、ひょう】」も指す。
  さらに、bar を「バー」とだけ覚えてしまった場合、 I'll try and have something to eat at the station bar. が「(駅の)バー」ということになってしまう。この場合のbar は「(駅の)軽食店、軽食カウンター」あるいは「(駅の)喫茶室」の意味である。
  あるいは、climb を「登る」とだけ覚えたら、He climbed into and started the car. や He climbed onto the motorcycle. のような場合の climb がうまく訳出できなくなる。これは、それぞれ、「〜に乗り込む」「〜にまたがる」という意味である。
  ましてや、「climb=登る」という丸暗記では、He climbed out of [climbed from] the taxi. のような用法では、意味を成さないことになる。この場合は、すでに知り得たごとく、「降りる」ということである。
  すなわち、乗り物に関連して climb を使った場合、「(乗り物の特定部分に)手をかけながら【つかまりながら】ゆっくりと乗り降り」という意味である
  あるいは、water を 「」とだけ覚えたら、This tea is too strong−put some water in it. あるいは This coffee is too weak −you've put too much water in it. における water が「水」となって変なことになってしまう。Water は「湯」の意味でもあるのだ。
  そんな簡単な間違いなどするはずがない、という反論が出るやも知れない、日本人がどれほど 「water=水」と直結的記憶をしているかを示す好例があるので、次にそれを引用しておく。筆者は法政大学経済学部の専任外国人教員Jeffrey K. Hubbell 氏である。  

  
   I myself think that learning a foreign language is difficult. I am still
   in the midst of it after more than ten years in Japan! I'm not alone,
   for I am surrounded by second language learners, among them, my
   wife, who is Japanese and my two children.
    Once when we were heating up our Japanese style bath, I asked
   my wife if the bath was ready. She checked it and reported back that
   it was still “water”. I knew enough Japanese to understand that
   she meant that the water was still cold (みず) and not hot (おゆ).
   Since the dictionary tells us (みず) is “water”, she had used that
    word. But the English word expresses only the substance, not its
   temperature, and so I responded with “Of course it's water!” My
   wife caught on quickly and we both had a good laugh. (「キャンパス
   ライフ」紙、1984年7月9日)
   私自身、外国語学習は難しいものだと思っている。日本に11年以上
   もいるが、いまだに勉学の最中である! しかし、私は孤独ではない。
   第二言語学習者に囲まれているからだ。その中には、日本人である私
   の妻と2人の子供がいる。いつだったか、日本式の風呂を立てている時
   であった。私は妻にお湯が沸いたかと聞いた。妻は確認ののち、まだ
    “waterよ”と言った。私の日本語カでも、妻が使ったwaterという語が
   cold water (みず)の意味であって、hot water (おゆ)のことではない
   ということは理解できた。辞書に「みず」は waterであると出ているので、
   妻はその語を使ったのだ。しかし、英語では、この語は物質としての
   water にのみに言及するのであって、温度の高低を云々するのではな
   い。そこで、私は「そうだね、確かに water だね!」と答えた。妻は私の
   言った意味をすぐに理解し、2人で大笑いした次第である。

  日本人の英語学習の弱点の1つは、これまで見てきたことからも分かる通り、“直訳”に走ったり、ある訳語を “丸暗記” したりする傾向を有することである。むしろ、ある語の“基本義”を確実に理解するほうが大事である。