U 英語の諺の使い方

◆諺の効用
日常の会話や文章の中に適切に使われた諺はその会話や文章に生彩を与えます。たとえば、親しい友人が、「期末テスト、失敗しちゃったよ。」と言ったのに対して、「"後悔先に立たず"って言うだろ。」というように応じる場合がそうです。
  日本人で英語を学んだことのある人なら、たいていは1つや2つの英語の諺を知っていると思います。私自身の過去を振り返って見た場合、高校生から大学生であった頃、得意になって覚えたものがかなりの数あります。たとえば、以下のようなものがそうです。

  1. Two heads are better than one. (三人寄れば文殊の知恵)
  2. It is no use crying over spilt milk.  (覆水盆に返らず)
  3. Bad news travels fast. (悪事千里を走る)
  4. Nothing ventured, nothing gained. (虎穴に入らずんば虎子を得ず)
  5. Out of sight, out of mind. (去るものは日々に疎し)
  6. It never rains but it pours. (二度あることは三度ある)
  7. Practice makes perfect. (習うより慣れろ)
  8. Pride goes before a fall. (奢る者は久しからず)
  9. You scratch my back and I'll scratch yours. (魚心あれば水心)
 10. Slow and steady wins the race. (急がば回れ)
 11. Spare the rod and spoil the child. (かわいい子には旅させよ)
 12. Strike while the iron is hot. (鉄は熱いうちに打て)
 13. There is no accounting for taste(s). (蓼食う虫も好き好き)
 14. Tomorrow is another day. (明日は明日の風が吹く)
 15. Where there is a will, there is a way.  (精神一到何事か成らざらん)

◆諺の用い方
 以上のような諺を暗記したまでは良かったのですが、それをどう用いればよいのか皆目見当がつきませんでした。数十年経ってから、すなわち辞書編集に従事するようになってから本当に分かったことですが、それらの英語の諺に与えられた日本語は、(中国起源のものもありますが)あくまでも日本語文化で熟成された諺を「相当表現」として挙げたものであり、英日語間には意味・用法に相違があるのでした。上記の諺のうち、その5例を検討して行きましょう(用例は私が編集主幹を務めた『スーパー・アンカー英和辞典』から引きました)。

  1. Two heads are better than one. (三人寄れば文殊の知恵) ●日本語の 「三人寄れば文殊の知恵」が3人を文殊にたとえているのに対して、英語は2人の場合を言っています。用い方も、たとえば、Can you help me solve this equation? Two heads are better than one. (この方程式、解くの手伝ってくれる? 2人の頭のほうが1人の頭よりいいって言うから)のように
なります。日本語の場合、3人が対象になっていますから、2人しかいない場合には、「この方程式、解くの手伝ってくれる? 3人寄れば文殊の知恵って言うから」とは言えません。ちなみに、英語では、相手が Can you help me solve this equation? Two heads are better than one. と言ったのに対して、As long as you don't mean "Two fools are better than one."("愚か者の2人の頭は1人の頭よりはいい"って言うつもりじゃあないのならね)と応じることもあります。

  2. It is no use crying over spilt milk. (覆水盆に返らず) ●日本語の 「覆水盆に返らず」が、いったんやってしまったことは元に戻らないという点を強調しているのに対して、英語のそれは済んだことを嘆くことの無意味さを強調するだけでなく、善後策を講じることの大切さを教えており、前向きです。たとえば、"I wish I had studied more for the exam." "It's no use crying over spilt milk. Study harder next time."(「試験勉強、もっとやっておけばよかったなあ」「済んだことを嘆いても始まらないよ。次にもっとしっかり勉強すれば」)のように用います。日本語では、「覆水盆に返らずだよ」とは言いません。ちなみに、冒頭の「期末テスト、失敗しちゃったよ。」、「"後悔先に立たず"って言うだろ。」のような対話にはこのIt is no use crying over spilt milk.を使うことが可能です。たとえば、"I failed the end-of-term exams." "It's no use crying over spilt milk. (Study harder next time.)"のように言えるでしょう。

  3. Bad news travels fast. (悪事千里を走る) ●日本語の 「悪事千里を走る」が、「悪い行いや悪い評判」に関連して用いられるのに対して、英語の諺は通例、単に「悪い知らせ」に関連して用いられるだけです。たとえば、When the director called, I told him I had already heard I wasn't going to get the part. “Bad news travels fast.”(監督が電話をかけてきたので、ぼくが その役をもらえないことはもう聞いて知っていますって言ってやったんだ。悪い知らせはすぐに伝わりますからって、付け加えてね)のような用い方をします。この場合、日本語では、「悪事千里を走りますからって、付け加えてね」とは言いません。

  4. Nothing ventured, nothing gained. (虎穴に入らずんば虎子を得ず) ●日本語の 「虎穴に入らずんば虎子を得ず」が危険を冒すことの必要性を強調しているのに対して、英語の場合は一般的な努力や試みに関して言うことが多いものです。たとえば、"Do you think I should apply for the scholarship?""Yes, I do. Nothing ventured, nothing gained."(「私,奨学金を申し込んだほうがいいと思う?」「そうね。やってみなければ何も得られないじゃない」)のように用います。この場合、日本語では、「そうね、"虎穴に入らずんば虎子を得ず"って言うじゃない」とは言いません。

  5. Out of sight, out of mind. (去るものは日々に疎し) ●日本語の 「去るものは日々に疎し」が人間に関連して用いられるのに対して、英語の場合は人にも物にも用いることが出来ます。Since I quit my job I haven't heard from any of my former coworkers. I guess it's a case of out of sight, out of mind. (仕事をやめて以来、元の同僚のだれからも便りがない。まあ、去るものは日々に疎しの例だろう)の場合は「人」の場合ですが、John had completely forgotten that he had a stamp collection. Out of sight, out of mind. (ジョンは自分が切手のコレクションを持っていたことをすっかり忘れていた。目にふれなくなると忘れてしまうということだろう)の場合は「物」の場合です。後者の場合、日本語では、「去る者は日々に疎しということだろう」とは言いません。

◆文化を反映する諺
 わずか5例によって示しただけですが、これによっても、英語の諺と日本語の諺との間には意味・用法上の相違があることがお分かりでしょう (残りの諺の用法と英日差に関しては、『スーパー・アンカー英和辞典』の特に「ことわざの極意」欄をごらん下さい)。このような大事な点を見落としたままで、英語の諺を辞書、受験参考書、入試問題等に引用してきた我が国の英語教育と英語教師の責任は小さくないと思います。諺は文化を反映するものですから、各文化で熟成された意味(概念)・用法が存在します。その点を認識して、適切に使えば、前述したように、会話や文章に生彩を与えます。現代日本人の日常会話にも、諺は使われ、その効果を発揮しています。英語の諺を英日差に注意しながら、大いに使ってみましょう。