Z 用例とスピーチレベル



  日本語の用例(句例・文例)には、できるだけそれに近いレベルの英語を添える必要がある。たとえば、人を別の人に紹介する場合を例にとってみよう(実際の対話はもっと言葉を多く費やすはずであるが、ここでは和英辞典という、紙面的制約のあるものでの対話例であるため、最低限の表現で構成する)。

      a. A: Bさんをご紹介します。
         B: 始めまして。
         C: 始めまして。

       a’  A: I'd like to introduce Mr. B.
           B: How do you do?
         C: How do you do?

      b. A: ビル・ウイルソン君だよ。
         B: やあ。
         C: やあ。

      b’  A: This is Bill Wilson.
         B: Hi.
         C: Hi.

  別の例を取ってみよう。 我々は他人を招待する場合、相手との交際の程度によって、さまざまな言葉遣いを選択するが、たとえば以下のような日本語を耳にすることができる(もちろん、この言語変化は何も日本人に限ったことではないが)。

     c. 来週の土曜日に夕食にお招き致したいのですが。

     d. 来週の土曜日にうちでの夕食にどうでしょう。

     e. 来週の土曜に夕食に来られます?

      f.  来週の土曜日、体、空いてる? 夕食どう?

   これらに近い英語を示せば、たとえば、

     c’ I'd like to invite you to dinner next Saturday.

     d’ I was wondering if you'd like to come for dinner next Saturday.

     e’ Can you come for dinner next Saturday?

      f’ Are you free next Saturday? How about dinner?

  のような訳出になる。 隣り合わせた英文の差異は微妙に思えるが、一応、日本語に相当する英訳とすることは可能であろう。ちなみに、これらに相当するレベルの応答文としては、何通りかが考えられるが、たとえば次のようなものがある。

     c” Thank you. I'd love to.
        (ありがとうございます。是非)

     d” Yes, thank you. What time?
        (はい、ありがとうございます。 何時でしょう?)

     e” I'd love to. What time?
        (是非。 何に?)

     f” Sounds great. What time?
        (いいね。何時に?)

  あるいは、また、

     g. お呼び止めして申し訳ありませんが、市役所はどこでしょうか。

     h. 市役所はどこでしょう。

     i.  市役所どこ(ですか)?

  などのような用例を収録する場合には、それぞれの日本語のレベルにできるだけ合わせて、たとえば、

     g. I'm sorry to trouble you, but could you please tell me where the city hall
        is?

     h. Where is the city hall?

     i.  Where's the city hall? 

  のような訳出が考えられる。
  最初の例文の場合、Would you be so kind as to tell me where the city hall is? のように表現すれば更にフォーマルな言い方になる。
  日本語表現と英語表現とが常にレベル的に同じだということは有り得ないが、前述したように、できるだけそれに近いレベルの英語を添える必要がある。そうすれば、日本人学習者は日本語の改まり度などを参考に英語を覚えて行くことができる。私が、「辞書用例学」(Ipsology) の独立性を説く所以(ゆえん)の一つである。

【本稿は、拙著『学習和英辞典編纂論とその実践』第12章の 4.を成すものである;転載に当たって、書肆の了解を得て一部加筆した】