「那須 与一」

(Nasu-no-Yoichi
作詞・作曲:不詳

英訳:山岸勝榮
 
(C)

Nasu-no-Yoichi
Lyrics & Music: Unknown
English Translation: YAMAGISHI Katsuei (C)



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1.
源平勝負の 晴れの場所

武運はこの矢に 定まると
那須の与一は 一心不乱
ねらい定めて ひょうと射る

On the great occasion in the Gen-Pei Battle
Thinking their fortune was up to this arrow
Nasu-no-Yoichi, with single-minded attention
Took steady aim and shot the arrow



2.
扇は夕日に きらめきて
ひらひら落ち行く 波の上
那須の与一の 誉れは今も
屋島の浦に 鳴りひびく

In the setting sun aglow was the folding fan
Fluttering down on the sea waves

Nasu-no-Yoichi, with a magnificent reputation

Echos through the Yashima-no-ura Bay


無断引用禁止 Copyrighted

この歌に著作権はありません。
那須与一のイラストはWikipediaより拝借しました。





以下の文章は博士前期課程2年生の大塚孝一君の手になるものです。
興味深いので当人の了解を得て転載します。



山岸勝榮教授

山岸教授がお訳しになりましたNasu-no-Yoichiを拝読させていただきました。以下に日英対照を主にした分析を記します。ご多忙のところ、恐れ入りますが、ご一読ください。

≪「源平勝負」にみられる日英対照≫
 小・中・高校で習ういわゆる「源平の戦い」「源平合戦」は、一般的にはthe Genpei Warと英語では言われています。歌詞では「源平勝負」と歌われていますが、山岸教授はこの原詞に対してthe Gen-Pei Battleという訳語を当てられています。この原詞にthe Genpei Warを当てることは、誤訳と言えます。歌詞にある「勝負」のことはwarでは表すことができません。日本語には「一番勝負」「二番勝負」などという語があるように、「勝負」とは、ある「戦い」を構成する一つ一つの“小さな”戦いのことを言います。その「勝負」が集まったものを「戦い」、時には「戦争」と言います。この両語の関係性は、英語のbattleとwarにも見て取れます。「源平合戦」あるいは「源平の戦い」は、源氏と平家の“一連”の戦いを指すものであり、その戦いの一部に、「壇ノ浦の戦い」や「倶利伽羅峠の戦い」があるわけで、歌詞が歌う那須与一の「屋島の戦い」もこれらと同義と言えます。よって、山岸教授はwarではなくbattleをお使いになったということが言えます。
 また、「源平」をGenpeiではなくGen-Peiとなさったことにつきましては、英語圏の人々に理解をしてもらうための翻訳術ということが言えます。日本の歴史を知らない英語圏の人々にとっては、Gen-Peiと分けて書くことで、二つの集団が戦っているのかもしれないという予想が働くこともあるでしょう。少なくとも、Genpeiというように、源氏と平家を一緒にして表記するよりは、Gen-Peiと分けて訳す方がreader-friendlyであることは明白です。

≪「場所」にみられる日英対照≫
 山岸教授は「晴れの場所」にthe great occasionを当てられています。
 日本人は“農耕民族”であり、農作物を育てるために定住します。農作物の収穫が悪かったからと言って、翌年、別の地に移り、田畑を一から作るということは通常ではありえません。つまり、日本人においては、「環境」よりもその「場所」で生活する方が大切になってきます。また、日本語には「終の棲家」という語もあります。「人生の締めくくりを迎える場所」などの意味ですが、引っ越しの多い英語圏の人々は、あまりこのような考え方をしないと思われます。また、TPO(time, place, occasion)という“和製英語”がありますが、これは英語ではoccasionの一語で表現します。日本語のTPOには「場所」とありますが、英語ではplaceとは言わないということは非常に興味深い事実であります。「場所」に凝る日本民族の性質がよく表れた言語事実であると言えます。
 一方、英語圏では、「場所」はさほど重要でないということが言えます。例えば、英語圏の人々は、元々がいわゆる“移動民族”ですから、場所は問わず、獲物を求め、狩りをしていたわけです。「場所」よりも、「狩りができる環境」の方がはるかに重要だと言えます。他には、特にアメリカに多い考え方だと言われていますが、転職の多さも無視できません。やりたいことができる「環境」を求めて、転職を繰り返すアメリカ人にとっては、会社(=場所)よりも、環境(=機会)を重視することが多いように思われます。
 このような事実を踏まえると、山岸教授が場所をoccasionとお訳しになった理由が分かりますし、逆を言えば、placeでは誤訳ということが言えます。

≪「扇」とその訳語≫
 山岸教授は「扇」をfolding fanとお訳しになっています。これは頭韻によるリズムを生み出すための御訳出と言えます。しかしそれだけではなく、foldingがあることにより、「扇」の折り目に当たる夕日の光で扇が「きらめく」情景が容易に読み取れるでしょう。ちなみに、「扇」は、童謡「牛若丸」の歌詞にも出てきます。山岸教授は、こちらでは「扇」をhis paper fanとお訳しになっています。同童謡は、牛若丸と弁慶の出会いから、弁慶の“降参”までを歌っています。「扇」の場面では、牛若丸が弁慶を手玉に取っている様子が歌われていますが、folding fan(「折り畳みの扇」)よりもpaper fan(「紙の扇」)と表現する方が、たかが“紙”に弁慶が“翻弄”されている様子が読者に伝わります。「那須与一」の歌詞にpaper fanを、「牛若丸」の歌詞にfolding fanをそれぞれ使うことで、訳が“的外れ”になることも感じ取ることができます。

平成26[2014]4月10日
   大塚 孝一