編集主幹・荒井良雄/大場建治/川崎淳之助
  『シェイクスピア大事典』
    A Globe Shakespeare Encyclopedia
(日本図書センター刊)

                                           評者・山岸勝榮

 また一つの偉業が成し遂げられた。まさに「グローバルなシェイクスピア学21世紀最新の成果」(宣伝パンフレットより)と呼べる総合的シェイクスピア大百科の出現である。
 これまで我が国でも無数の著作がシェイクスピアに関して産み出されてきたが、章立て構成によって情報を整理し、体系化して1000頁にわたって叙述するという、大百科事典的書物は本書がその嚆矢となるものである。
 編集主幹のお一人である大場建治氏はその「序」において、本書のキーコンセプトに「Globe」を選ばれた理由を述べられた上で、「いまや急速に展開しつつあるシェイクスピア研究の広大な地平に、過去からの遺産を力づよい歴史の縦軸として立ち上げたうえで、そのグローバルな立体の構築の中に、シェイクスピアについての知のすべてを、シェイクスピア周辺の文化現象も含めて、それこそグローバルに取り込もうとする、この1000ページの限られた事典という舞台に。」と書かれた。そして、「われわれはその責任の重大さにつねに思いを致して編集の仕事を進めた。400年前にグローブ座を建築したシェイクスピアたちに、少なくとも誠実と熱意の点で、われわれは勝るとも決して劣りはしなかった。」と結ばれた。世界的な業績を編むに当たって編集陣が抱かれたであろう覚悟と自信と情熱のほどをよく感じさせる結語である。同様のことを川崎淳之助氏の「跋」における「シェイクスピアという存在は、燃え上がるグローブであり、かつまた『巨大な一つの文化現象』(『序』)だ、という共通認識がわれわれにはあった。(中略) 時間的にも空間的にも、そして内容的にも、われわれの力量が可能である限り、各章それぞれの視点から巨大なグローブへのアプローチを試みることをもって、われわれの基本方針とした。」という文章からもよく看取することができる。
 本書は「T 生涯」「U 作品」「V 版本」「W 時代背景」「X 同時代の演劇」「Y 上演史」「Z 批評と研究」「[ 世界のシェイクスピア」「\ 21世紀のシェイクスピア」「] シェイクスピアと絵画」「]T シェイクスピアと音楽」「]Uシェイクスピアと映画」「]V 音と映像のシェイクスピア」「]W 日本のシェイクスピア」「]X グローブ座再建への歩み」「]Y シェイクスピアの英語と名句」の全16章と、5つの付録(「T シェイクスピア作中人物小事典」「U 補遺・周辺小事典」「V シェイクスピア名所案内」「W 年譜・関連歴史年表」「X 書誌」)から成っており、総索引もよく整っている。本書の英語タイトルA Globe Shakespeare Encyclopedia に「Globe」の一語が用いられている点も編集主幹・編集委員諸氏を初め、多くの第一線関係者の確信と熱き思いを感じることができる(執筆はエキスパートと新進気鋭79人の学者)。各項目の執筆者名が明記されている点は記載内容の責任の所在を保障するものである。執筆陣に外国人学者が含まれているのも好ましい。
 評者は、英語という言語に最大の影響を与えた書物が聖書とシェイクスピアの諸作品であると信じつつ、学生時代から、専門分野でこそなかったが、それらを愛読してきた。私事にわたり恐縮であるが、評者が編集主幹を務めた『スーパー・アンカー英和辞典』(学習研究社)に「英語文化のキーワード」と題して、英語という言語がどれほど多大な影響を聖書から受けているかを示すためのコラムを設けたのも、論文「ハムレットからのある変形引用文」(拙著『現代英米語の諸相』に収録)を執筆したのも、若き日からの両者への傾倒を示すものである。その意味からも、本事典の刊行に心からの祝意と謝意を表したい。
 英語学、言語学を専攻し、現在特に英語辞書学に没頭している評者として、特に興味を持って通読したのは第]Y章「シェイクスピアの英語と名句」である(執筆:荒井良雄、佐藤真二、川崎淳之助、河内賢隆の諸氏)である。シェイクスピア時代の語彙・正書法・活字体・発音・文法、シェイクスピアの英語・韻律と修辞等々、簡にして要を得ている。「作品別名句集」「主題名文集」に至っては、評者はそのいくつかを実際に声に出して読んでみた。確かに、読めて、引けて、見て、楽しめる事典である。
 本事典は独りシェイクスピア研究家のみが座右に置くよりも、グローバルな視点でものを考えようとする全ての人々が、等しく読み、味わい、日常生活に役立つ知恵や工夫を求める源泉的書物として、気軽に利用するほうがより似合う書物だと思う。私たちはこのような偉大な事典が日本図書センターから刊行されたことを共に喜びたい。
 英語英米文学科の学生諸君が本を読まなくなったと言われ始めて久しいが、そのような彼らにこの優れた書物の存在を知らしめ、一読させしめたいものである。
                                                (明海大学外国語学部教授、英語学・言語学専攻)