10. 英語教師の雑談の“ネタ本”
           ―こんな面白い話があります

                                                
はじめに
  英語の授業で、教科書の中身が何であったかは覚えていないのに、教師が折りに触れて披露してくれた《英語、ちょっといい話》のほうはなぜか鮮明に覚えているものです。私自身の過去を振り返ってもそのことが言えます。高校3年生の頃、シェイクスピアに傾倒している先生がおられ、その先生がシェイクスピアの作品には“アナクロニズム”(時代錯誤;その時、初めて聞いた言葉でした)の例があると言って、『ジュリアス・シーザー』(2幕1場)に登場する時計の音の話をして下さった。カシアスが、「時計は3時を打った」(The clock hath stricken three.)と言うが、シーザーの時代にはまだ時を打つ時計はなかったから、これは“アナクロニズム”(時代錯誤)の例だ、というものでした (黒板に書かれたその英文を今でもよく覚えていて、その時に“hath”という綴りも覚えました)。それ以後も、その先生はいろいろな《英語、ちょっといい話》をして下さった。それからの私は、ますます英語好きになったように思います。
  大学紛争の喧騒の時代に、大学教員に成り立ての私が何とか毎週、英語の授業を成立させ得たのも、ひとえに“雑談の効用”のお陰でした。これに関する詳細は、小著 『英語表現のロマンス』(洋販出版、1998)の「まえがき」に譲ります。以下に、私の“ネタ本”の何点かをご紹介し、読者の先生方には、一人でも多くの“英語好き”な生徒・学生を生み出すための参考にしていただきたいと思います。

1.日常生活・生活習慣などの起源を雑談の“ネタ”にする
  英語国民が、朝起きて夜寝るまでに、自分達の身の回りで見聞きしたり、使ったり、食べたりなどするもの、あるいは伝統や習慣として受け継いで来た事柄の起源を扱った面白い本の1冊に Charles Panati:Panati's Extraordinary Origins of Everyday Things (Harper & Row, 1987) があります。全16章から成り、第1章 From Superstition、第2章 By Custom、第3章 On the Calendar、第4章 At the Table、第5章 Around the Kitchen、第6章 In and Around the House、第7章 For the Nursery、第8章 In the Bathroom、第9章 Atop the vanity、第10章 Through the Medicine Chest、第11章 Under the Flag、第12章 On the Body、第13章 Into the Bedroom、第14章 From the Magazine Rack、第15章 At Play、第16章 In the Pantryのように分かれています。
  たとえば、第2章の By Customを見ますと、Marriage Customs, Wedding Ring, Diamond Engagement Ring, Ring Finger, Marriage Banns, Wedding Cake, Throwing Shoes at the Bride, Honeymoon, Wedding March, White Wedding Dress and Veil, Divorce, Birthdays, Birthday Cake and Candles, “Happy Birthday to You,” Death Traditions, Hearse, Hands Joined in Prayer, Rosary, Halo, Amen, Handshakeなどの起源や来歴が興味深く紹介されています。
  第2章最初の Marriage Customsを読みますと、西暦200年頃の北ヨーロッパで、男性はどのようにして妻となる女性を獲得したか、新郎に“best man”と呼ばれる付き添い男性が付くのはなぜか、新郎が新婦を抱いたまま新居の敷居を跨ぐのはなぜか、などの疑問が解けます。また、同章4番目のRing Fingerを読むと、昔のヘブライ人は結婚指輪を人差し指に、インド人は親指に、それぞれはめていたこと、現在のように薬指にするようになったのは、ギリシア人医師達が「愛の静脈」(the vein of love) は左手の薬指から心臓に直結していたと信じたためで、ローマ人達もキリスト教徒達もそれを信じたことなどが分かります。さらに、キリスト教徒の結婚では、新郎は新婦の指に結婚指輪をはめる際、まず「父の御名において」(In the name of the Father)と言いながら、新婦の人差し指の先に指輪をあてがい、次に 「子の御名において」(In the name of the Son)と言いながら中指に移り、最後に「かつ聖霊の御名において」(and of the Holy Spirit) と言いながら薬指に移って、そこにはめるという順を採ったようです。この3つの動作を「三位一体の公式」(the Trinitarian formula)と呼ぶことなどが分かります。
  とにかく、この調子の興味深い記述が440頁以上ある同書を埋め尽くしています。ここから得た情報を生徒・学生諸君に披露すれば、「物知り先生」になれること請け合いでしょう。

2.人や物事の終焉を雑談の“ネタ”にする
  初めがあれば終わりがあります。上掲書の著者が編集したPanati's Extraordinary Endings of Practically Everything and Everybody (1989) は、絶滅した動植物、有名人の死に際のエピソード・遺志・遺書、断頭台に消えた人々、消えた迷信等々、その書名が暗示するごとく、人物事の終焉が興味深く描き出されています。
  全体は4部に分かれており、第1部はLast things Firstと題されて、第1章 Death, the Ultimate Ending: Inhumation to Cremation (Origin of Death / Moment of Death / Brain Death / Inhumation / Water Burial / Exposure / Cremation / Modern Cremation / Embalming / Modern Embalming) 以下、第5章まで。 第2部はWays to Go と題されて、第6章へと続き、Capital Endings; Crusification to lethal Injection (Capital Punishment / Stoning / Crusification / Pressing / Drawing and Quartering / Hanging / Lynching / Beheading Guillotine / Electric Chair / Gas Chamber / Lethal Injection)以下、第10章まで。 第3部は Vanished Vogues と題されて、 第11章に続き、Bygone Beliefs: Bloodletting to Cannibalism (The Four Humors/ Bloodletting / Purging / Leeches / Radical Colectomy / Spontaneous Generation / Infanticide / Cannibalism)以下、第13章まで。第4部はThanatographies と題されて、第15章へ続き、Last Agonies of Historic Figures: Buddha to Casanova (The Buddha Gautama / Socrates / Archimedes / Cleopatra / William the Conqueror / Joan of Arc / Christopher Columbus / John Paul Jones / Giovanni Casanova)以下、第17章までで約440頁の記述を終わります。
  たとえば、第1部第3章に出て来る、かのヘンリー八世に関する記述を読むと、6人の妻を持ち、梅毒に苦しんだ彼が、自らの終焉にあたって、どの妻の傍らに埋葬されることを希望したか、それはなぜか、妻達がなぜ未熟児を産んだり、早産であったり、生後わずかの赤子と死別しなければならなかったかなどがとてもよく分かります。
  また、第1部第5章に出て来るアメリカ大統領の部を読むと、なぜ 初代大統領 A.リンカーンは約4メートル下の地中にコンクリート製の棺で埋葬されているのか、なぜ第36代大統領 L.ジョンソンが遺言で妻の遺産相続に言及しなかったのかも分かります。前掲書同様、とにかく、読んで面白い。私など、両書とも、夜の明けるのも知らずに読み耽りました。情報の宝庫と言っても過言ではありません。

3.動物達にまつわる話を雑談の“ネタ”にする
  『スポーツからきた英語表現辞典』(本名信行・鈴木紀之編訳、大修館書店、1997)は、スポーツやゲームに起源を持つ表現を選び出し、その由来と共に、意味・用法を説明した興味深い一書で、R. A. Palmatier & H.L.Ray:Sports Talk―A Dictionary of Sports Metaphors (Greenwood Press, 1989)を全訳したものです。ここでご紹介するのは、同書の著者の一人である R.A. Palmatierが著したSpeaking of Animals―A dictionary of Animal Metaphors (Greewood Press, 1995)です。前書にならって書名を付ければ『動物からきた英語表現辞典』となります。
  「この親にしてこの子あり」は英語では、Like father, like son. または Like mother, like daughter.と言いますが、同じ意味のことをMonkey see, Monkey do.とも言う事をこの“辞典”は教えてくれます。
  外見は強そうに見えてじつは弱い人間のことを“paper tiger”(日本語では「張子の虎」と言いますが、本書でこの語を引きますと、それが中国の毛沢東がアメリカを非難して用いた言葉に由来することが分かります)。
  また、treat someone like a dog (人をイヌ扱いする)の説明には、

     To deal with someone shabilly or abusively. (中略) caged in a pen or
    chained to a stake; left outside in the heat, cold, rainand snow; fed
    unsuitable for human consumption or tossed an occasional bone; yelled
    at, kicked, and sometimes beaten. A person who is treated like a dog
    is either being denied his / her human and civil rights or being dealt
    with unfairly or vindictively.

 とあって、その句の意味範囲、および日本人が「人をイヌ扱いにする、イヌのように扱う」という日本語から連想するものとの違いを知ることもできます。辞書形式にアルファベット順にならんでいますから、引き易く、拾い読みするだけでも楽しいと思います。

4.迷信・縁起を雑談の“ネタ”にする
  英語の世界に深く根ざしている迷信や縁起は無数にありますが、それらに関わる語(句)約4,000語を収録したのが、David Pickering: Cassell Dictionary of Superstitions (Cassell,1995) です。
  “たとえば、“tomato”を引きますと、

     The tomato was once considered a ‘scandalous’ food and was widely
    believed to have considerable power as an aphrodisiac. Alternatively
    known as the ‘love apple,’ the tomato was actually prohibited in Puritan
    England in the seventeenth century and only came back into fashion
    some two hundred years later. In particular, single women were
    discouraged from eating tomatoes. Placing a big red tomato on the
    window sill, meanwhile, is said to scare away evil spirits, and if placed
    over the hearth a tomato will promote the prosperity of the household.

  と、かつてはトマトが“スキャンダラス”な野菜で、「愛のリンゴ」という別名を持ち、媚薬として広く用いられたこと、ピューリタニズム勢力下の17世紀イングランドではトマトを食することが禁じられていたこと、特に独身女性はこれを食することを思いとどまらせられたこと、窓敷居に赤いトマトを置いておくと魔除けになると考えられていたこと、トマトを暖炉の炉床の上に置いておくとその家に繁栄が訪れることを教えてくれます。  
  また、“towel”を引くと、

     Many domestic rituals are governed by widely observed superstitions
    of obscure origins. These include the curious notion that if two people
    dry their hands on the same towel they are sure to have a quarrel in the
    near future; if lovers, they will soon split up. A dropped towel, meanwhile, 
    signifies the imminent arrival of a visitor (though the Scottish claim that
    such visitors may be turned away if one immediately steps backwards over
    the towel).

  と、2人の人間が同じタオルで手を拭くと、彼らの間に近いうちに喧嘩が起き、恋人同士なら、やがて別れるという迷信があること、落ちているタオルは近々に来客があることの暗示であることなどが信じられていたことを教えてくれます。

おわりに
  以上、わずか4点ですが、私が夢中になって読んだ“面白い本”をご紹介しました。私の持論ですが、楽しい英語の授業を心掛け、生徒達や学生達に、その授業を楽しいと言ってもらいたいのであれば、教師はまず自らが、「英語を学ぶことはいつもとても楽しい」(It's akways a lot of fun to learn [study」 English.)と感じていなければならないと思います。自分が楽しいと思えない英語を、楽しい授業として教えられるわけがありません。そのような楽しい授業を行ないたいのであれば、常に、上記したような“ネタ本”探しを心掛ける必要があります。そういう“ネタ”が多ければ多いほど、授業に楽しさと潤いが加わると思います。
  ほかに、私達の身の回りにある物の大きさ、小ささ、長さ、重さなどを教えてくれる John Lord: Sizes ―The Illustrative Encyclopedia (Harper & Row, 1995)、魔女の世界の面白さ、魔女の悲しさ・哀れさなどを教えてくれるDavid Pickering: Cassell Dictionary of Witchcraft (Cassell, 1996)、「あの人、あの時、あの言葉」の辞書である Nigel Lee: Cassell Dictionary of Catchphrases (Cassell、1995)も私にとっては貴重な情報源になっています。

  【本稿は、1998年11月号「英語教育」誌(大修館書店)特集「英語教師の本棚」に同名のタイトルで寄稿したものの一部を改変して再録したものです。】