6. 満足度の高い大学英語授業の創造
            ―「発言券」を活かす


「発言券」の登場
  明海大学浦安キャンパスは昭和63年(1988年)4月の開校ですが、それから5、6年間、私は「英米事情」という選択科目の講義を担当しました。外国語学部3学科(日本語学科、英米語学科、中国語学科)の学生が受講することができたためか、毎年、百数十名の受講者がありました。問題は学生たちの多くが消極的なことでした。聞かれればボソボソと答えるのですが、積極的に挙手して意見を述べたり、自主的に質問に答えたりということがあまりありませんでした。
 考えあぐねた私は、ある年から、受講生全員に、中高生が英単語を暗記する時などに使用する小形のカードを各自100枚ずつ用意させることにしました。そして、「成績評価は、出席点、期末試験点以外に、授業貢献度も加味しますが、それは諸君が私に手渡したカードの枚数によって決まります。簡単な質問(と思われるもの)に答えた場合は、1回の発言に対して、カードを1枚、難しい質問(と思われるもの)には、一挙に5枚とか6枚とか出してもらうことも考えています」と宣言しました。この“強制”の効果は間もなく現れました。私はこのことを当時の同僚であった正保春彦氏(現在、茨城大学)に話しました。氏は私の試みに興味を示して下さり、ご自分でも、「従来の授業方法を踏襲しながら、学生を受け手の立場に安住 させないための方策として、強制発言法を授業に導入」なさり、その実験結果を第14回日本人間性心理学会 (1995/9/15)において、「 体験に訴える『心理学』授業の試み(2) 強制発言法=発言券の導入」と題して発表なさいました。私の発案による上記のカードを「発言券」と命名されたのも同氏です。私が学生に100枚綴りのカードを前もって用意させるのに対して、氏は開講時に受講生全員にカードを配られたようです。その点の相違はありますが、氏の実験によって、私の授業方法にも利点と要改善点とがあるということが証明されました。以下は、日本人間性心理学会抄録集(42-43) からの転載です(転載をご許可下さった正保氏に感謝致します)。

1.はじめに
 発表者は前回大会において「心理学」の授業に視聴覚教材と学生の参加体験を大幅 に導入することの効果・影響について検討した。その結果、総合評価は前年度に比べ
てある程度増加したが、授業の個々の特徴の評価についてはあまり変化は見られなかった。
 このことを学生の立場から考察してみると、「良く準備された授業」は、それが単なる教材の提示・演示に終わる場合、学生を情報の単なる受け手にしてしまう側面があるのではないかと考えられる。すなわち、準備が周到であればあるほど、授業の送り手としての教師と、受け手としての学生という役割分化をすすめてしまう危険性があると思われる。このことは授業評価の中で「批判を傾聴し発言を促す」の項が特に低かったことや「一方的」という指摘が多かったことからもうかがうことができる。
 翻って現在の公教育を考えてみると、そこでは与えられたものを受け取り、蓄積する能力は重視されているが、反面、自ら考え、問いかけていく能力はどちらかといえば軽視される傾向にあるといえる。そして、これは学生・生徒の立場を情報の受け手 に限定しようとするものといえないだろうか。
 このような状況を打開するために、教師は学生の主体性に積極的に働きかけていかなければならないが、といって、にわかに問いかけを発しても、まず質問などは出てこないものである。
 そこで、今回発表者は従来の授業方法を踏襲しながら、学生を受け手の立場に安住 させないための方策として、強制発言法を授業に導入した。これは授業中の発言を受 講生の義務とするものであり、具体的には「発言券」と呼ぶカードを授業開始時に学 生全員に配り、学生の側から発言があった際に順次回収し、これを単位取得のための 必須条件とするものである。今回の研究では、授業にこの強制発言法を導入すること による効果・影響を検討した。

2.方法
(1)授業の概要
名称:総合科目「性格とは何か」・「人間行動論」
クラス構成(セメスター制):       
 ・性格とは何か(前期)100名×2クラス
 ・人間行動論 (後期)100名×2クラス 計400名
 内容は前回発表の「心理学」に準ずる。授業方法は前回と同じく、視聴覚教材・参加体験を中心としながら、学生への問いかけに留意された。

(2)発言券
 開講時に受講生全員にカードを配る。授業中に学生から自発的な発言行動があった 際に教師はこれを受け取るが、これは後の成績評価の前提条件となる。但し、全授業 期間中1回でよい。最終授業までにこの提出(=発言)がない場合は、自動的にD評 価となる旨がアナウンスされた。これは、学生の側に主導権を預けることによって自覚を促しつつ、同時に余計な「点取り行動」を抑制するためである。また、「人間行動論」では授業終了後にカード裏面に質問・感想などを記入して提出する「文書提出」 も一部認められた。指名等による個人に対する発言の促しは一切行われなかった。

(3)調査
 授業の効果・影響は前回と同様の学生による授業評価アンケートに基づいて分析さ れた(289通回収)。アンケートは従来の授業の特徴についての評定や自由記述に加えて、学生自身についての「常に出席するよう心がけた」、「真剣に学ぼうと努力した」の2項目、さらに「発言券」についての評価(総合評価を除いて各5段階)、その理由の自由記述、などが追加された。

3.結果
 授業評価結果を図1に示す。変化が明らかなのは「発言を促し批判を傾聴する」の項目で、これは従来に比べて大きく増加している(3.11→4.04点)。加えて、その他のほとんどの項目でも評価点の増加が認められた。92年度から93年度にかけては授業内容・方法の大幅な変化があったにもかかわらず、各評価項目の増加はごくわずかであった。しかし、今回授業内容は基本的に前年度と同様であったにもかかわらず、ほとんどの評価項目において増加が見られた(平均 3.64→ 3.91点)。
 また、発言券についての評価は3.34点であった。この券に対する学生の具体的な声としては以下のようなものがあった。

【肯定的】
授業に積極的になれる。
授業に対して受け身でなく参加できる。
先生に対して自由に意見を言える。
これがないと考えたことがあっても言わない。
他人の意見が生で聞ける。
授業を集中して聞くのでよい。
常に緊張感があった。
積極的に授業に取り組まざるをえない。

【否定的】 
気の小さい人には厳しい。
口べたなので発言するのに苦労した。
いい発言や質問が思いつかない。
質問の仕方がよくわからなかった。
考えていると授業に集中できない。
それほど授業が参加的になったとは思えない。

 券に対する評価点と理由の間には必ずしも関連はなく、具体的な記述には肯定的な ものがかなり多かった。
 さらに、発言券に対する評価と「出席」、「努力」、「総合評価」との相関を表1 に示す。「出席」とのあいだにはほとんど相関はなかったが、「努力」、「総合評価」 との間に弱い相関(各 r = .25)が見られた。
 授業への実際の効果・影響としては、以前に比べて明らかに教師・学生間のやりと りが増え、そこからの問題の深化、発展がしばしば経験された。しかし一部には「質問のための質問」もあった。


                 

4.考察
 上記の結果の中では、当然のことであるが「発言」項目の増加が顕著である。また、 授業の内容・方法は前年度とほぼ同じであったにもかかわらず、他のほとんどの項目でも増加が見られたことも注目される。前年度は内容・方法が大きく変わったにもかかわらず、ほとんど変化はなかったのである。そして、今回のこの変化には発言券の存在が大きく関与していると考えられる。すなわち、発言券の存在がもたらす緊張感や教師・学生間の相互作用が授業全体に影響を与え、各項目での評価の増加となったのではないだろうか。さらには、この発言券=強制発言法の導入によって、教師=授業をする人、学生=授業を受ける人、という対立構造が克服され、教師・学生間の相互作用によって互いに授業を創り上げていくという気運が生まれたと言えるのではないだろうか。券に対する具体的な声をみても肯定的なものが多く、それらはしばしば「授業に対する積極性の促進」を効果として挙げている。また、発言券に対する評価と「出席」との間に相関が見られなかったのに対し、「努力」との間に弱い相関が見られたのは、授業に対する取り組み方の違いによると思われる。すなわち、漫然と出席する学生よりも、努力する者の方が授業に対してより積極的であり、そのような学生が発言券をより高く評価したと言えよう。  反面、券に対する否定的な評価が存在することも事実である。「気が小さい…」、 「口べた…」という意見は心情的にだが理解できるものであるし、「それほど授業が参加的になったとは思えない」という声も認めないわけにはいかない。授業が劇的に変わったというわけではないのである。項目別評価の平均が大幅に増加したにもかかわらず、総合評価がほぼ横ばいにとどまった(5.34→5.41点)のは、券に対する否定的評価の影響とも考えられる。また、「成績評価の前提に」という条件にも一考の余地があるかもしれない。
 しかしながら、「いい発言が思いつかない」とか「質問の仕方がわからない」という声は、「受け手」の立場に慣れてしまった学生の状況を表しているともいえるし、克服していかねばならないことである。また、教師の側から見ると、券を消化してい くにはそれなりの授業構成を考えねばならず、これは教師にも負担と緊張を与えるものであった。
 いずれにせよ、授業に関する諸問題について考えるとき、一般的に教師あるいは学生のどちらか一方の視点からものごとを考えがちであるが、両者の相互作用の観点から事態をとらえることもまた重要であろう。そして、その相互作用促進のための一手段として強制発言法=発言券には確かな有効性があると言える。


現在も有効に機能
 私の発案で、正保氏の命名になる「発言券」は現在も有効に機能しています。たとえば、昨年(2001年)4月から半年間のセメスター授業の1つであった「英語学特講V」でも(正保氏の指摘の通り、「券に対する否定的な評価が存在することも事実である」のですが)、学生の発言はきわめて活発でした。下に示す写真3葉はその講義において、学生諸君約90名が私に手渡した「発言券」の山です。受け取ったあとの整理が大変ですが、受講生諸君の「積極性」と「熱意」を考えれば、教師として当然の仕事と考えられますので、毎週せっせと整理をしました。

 

  この「発言券」は慶應義塾大学、関東学院大学においても有効に機能しています。学年成績を付ける場合、学生には、「A評価を得たいのであれば、半年の欠席が2回以内、試験またはそれに代わるレポートがBプラス以上、“発言券”の提出が25枚以上であること」と宣言しておきます。従って、学生諸君はそのことに納得して授業に臨んでいますから、非常に積極的です。慶應義塾大学(受講生2クラス、計52名)の前期授業で最高点を取った渡辺茉莉子さんの場合、無欠席、レポート評価 A、“発言券” 74枚と驚異的でした(下に渡辺さんの授業評を掲載しておきます)。前期の授業回数が11回でしたから、1回90分の授業で7回の発言があったということになります。第2位の大森泰治君の場合は無欠席、レポート評価 A、“発言券” 64枚でした。第3位は吉岡志穂さんで無欠席、レポート評価 A、“発言券”57回、でした。最低数の受講生の場合でも、“発言券”は11枚も出ています。すなわち、1回の授業に最低1回は発言しているということです。性格的に消極的、内気と思われる学生諸君には、私から意識的に指名をして、“強制的に”口を開かせ、答えられれば、そのことを大いに“賞賛”します。ここがポイントです。そして、指名した学生の話をよく聞くことです。それが功を奏していることは、「山岸先生は学生それぞれが持っている意見を引き出そうと努力し、その意見がたとえ間違っていたとしても、最後まできちんと聞いて下さいました。「確かにそういう意見もあるよね。良い意見だ。けど・・・」という感じで、いつでもまず私たちの意見を受け入れて下さる姿勢はとても素晴らしいと思いました。」という、1学生の授業評価に読み取れるでしょう。このような態度で接していれば、性格的に消極的、内気と思われる学生諸君も、その多くが、次第に積極的に挙手するようになります。私の授業が多少なりとも「創造的」であることは受講生諸君がよく証明してくれていると思います(2728をご覧下さい)。結局は、教師の工夫が大事だと言うことでしょう。ささやかな努力が実ったことを喜びたいと思います。次代を担う青年たちを、この国の宝と思い、今後とも、大切に育てたいと思います。

渡辺茉莉子さんの授業評  この授業で学んだことは、とても一口ではいいきれません。山岸先生の授業は、私にとって、驚きの連続でした。あの授業をとっていない私の友達の誰が、「ごぼう」を「burdock」と単純に訳して、外国人に食べるよう勧めてはいけないことを知っているでしょうか。一年間ずっと、授業のたびに、日本人について、またアメリカ人はじめ英語を話す国民について、考えさせられ、調べもしましたが、なにより多くを教わった授業でした。そして、日本語には、日本文化に深く根付いた独自の言葉だから、英語に訳すのが難しかったり、それが不可能なことがたくさんあるし、日本の忌み言葉ではないけれど、英語にも、「その場所で、その相手に、その言葉を使ってはいけない」ような場合が多くあるのに、その歴史や文化の溝を考えもしなかったことを反省しました。なかでも聖書は、英語を学ぶにあたって欠かせないというのに、ミッション系の学校に通わない限り、触れる機会すらなかったのが現状です。反省や、自覚を促してくれたこの授業に感謝していますし、この「無知の知」こそ、この授業で学んだ最大のことかもしれません。



追記

Meikai News Letter (1995/7/1)に正保氏と「発言券」のことが掲載されています。