\ ビジネス交渉の英語表現



はじめに
  ビジネス交渉について、最初に明確にしておかなけれはならないことは、「交渉」(negotiations)とは、両当事者が関係する“共同意思決定行為”であるという点、また、これを遂行するに当たっては、“世界共通の標準的な慣行”など存在しないという点である。したがって、我々は個々の交渉相手の国民性・文化的特徴・商習慣・宗教事情・国情等をよく知り、局面ごとに交渉戦術を考えて行くほか、良策を持たない。
  たとえば、我々に馴染みの深い、日本人ビジネスピープルとアメリカ人ビジネスピーブルとの交渉を例に取って見てみよう(最近では日本人ビジネスピープルもアメリカ式交渉術を採用するようになったが、伝統的交渉戦術を採用する場合も多いようである)。
  日本人の交渉上の特徴と呼べる諸点を列挙すれば、

  @基本的価値観として、「協調の精神」をよしとする考え方がある
    【聖徳太子が、政治の基本原理として、「和をもって尊しとなし、
    さからうことなきを宗とせよ」と言われたことは、あまりにも有名
    である。これは「対立を超越せよ」という意味であったろう】。
  A形式[格式]張る傾向が強い。
  B交渉に入る前に、雑談を通して相手をよく知ろうとしたり、仕事
    に関する情報を交換したりすることに時間と金をかける。長期
    的関係作りを志向しているからである。
  C決定権は組織全体に分散しており、最終的志思決定権も交渉
    出席者本人(たち)にあるとは限らない。むしろ出席者(たち)は部
    分的決定権所有者である。
  D交渉には時間が掛かるが、いったんそれが締結されると、内容
    の実行は速やかである。
  E否定的な返事の場合でも、あからさまに否とは言いたがらず、相
    手を論破することを好まない【道元禅師の『正法眼蔵随聞記』に
    は、「理を攻めて言い勝は悪しきなり」とある】。
  F決着は交渉最終段階における「包括的[一括]方式」を採用する
    ことが多い。
  G説得工作には仲介者を利用したり、根回し戦術を利用する。
  H価格は最初、掛け値で切り出し、徐々に値引きして行く傾向が
    強い。

  いっぽう、アメリカ人の交渉上の特徽と呼べる諸点を列挙すれば、

  @基本的価値観として、「競争」をよしとする考え方がある。これは
    開拓者精神の根幹を成すものである。それに、彼等の心奥には、
    異人種、異民族、異文化に対する不信感や、見知らぬ人に対す
    る疑惑の念、敵意、強い自己防衛本能があると言って差し支え
    なかろう。これは、「人は、状況によって、変わり得るものだ」とい
    う、ヨーロッパの歴史から学んだ大きな教訓の結果なのであろう。
    異文化を、大した警戒心も抱かずに、容易に受け入れてしまう日
    本人など、彼等に言わせると「自己の文化に対する裏切り者、背
    信者なのかも知れない】。
  A形式[格式]張ることを好まない。
  B第一段階としての紹介はあるが、これは儀礼的で、すぐにでも説
    得工作を始めたがる。交渉回数は少数をよしとする。これも開拓
    者精神の表われで、人々が広大な地域に分散した状態で居住し
    たため、交渉事は回数を少なくし、結論は迅速に出すという傾向
    を生んだためである。
  C交渉出席者本人(たち)が最終決定権所有者であるのが普通であ
    り、したがって、彼らは日本側の交渉代表団のだれが最高責任者
    かを早目に知りたがり、それが分かると、あとは集中的に担当者
    の説得に取り掛かる。
  D単純明快な決着を志向し、時間を掛けないことをよしとする。
  E回答は肯定・否定のいずれでもよいが、即答を希望する。
  F決着は、交渉諸事項を1つ1つ片づけていく「逐次方式」を採用す
    ることが多い。したがって、討議事項の半数を終了すると、交渉は
    半分終了したと考える。
  G説得工作には、理詰め、論駁、約束取り付けに意が用いられ、脅迫
    的言辞さえ聞かれることがある。
  H価格はあくまでも公正価格主義に従って申し入れる。

等になる。
 このように、2国民間でビジネス慣行が異なる場合には、双方が納得のいく交渉方式を時間を掛けて準備する必要がある。一般的なことを言えば、日本人交渉者として常時心掛けるべきことは、
 
  @調査(research)や準備(preparations)を十二分に行う。数字
    (figures)に間違いがないようにしておく。
  A交渉内容を協議事項表(agenda)にして、双方がそれを持ってお
    く。それに従って、自分の側の各項目の目標(goal)を設定して
    進行する。
  B交渉[手続き]用語の意味については、双方で合意に達しておく。
    さもないと、双方の理解にズレが生じ、誤解ばかりが拡散していく。
  C双方に有利な取り引き条件を創造するようにする。
  D相手側に譲歩を強要するのではなく、快く譲歩してくれるような戦略
    を立てる。
  E双方が、臨機応変に、代替案を出せる雰囲気作りをする。
  F売り手・買い手の双方が、それぞれ対等の立場 (equal footing)に
    いることを忘れない。日本人は、両者の間には自ずと接し方に違い
    があると考える傾向が強く、そのため、交渉者同士は対等(equal
     partners)であると考える外国人が売り手の場合、その売り手の言
    動に不遜、倣侵さを感じ取ることが少なくない。
  G(使用言語に十二分な自信が持てない場合は)優れた通訳を利用
    することが望ましい。
  H締結時には、双方の会社の専門家[弁護士]による法的審査を受
    け、禍根を残さないための十二分な配慮をしておく。

等の諸点である。

 ☆Sample Dialogue 1
 (J: 日本人、 A:アメリカ人)
 J: I've discussed your offer with our boss and I'm afraid he doesn't
   like it. Would you wait about a week for final decisions? (お申し越し
   の件、上司とも相談致しましたが、賛同が得られません。最終決定
   まで、1週間いただけますでしょうか)
 A: I thought you have the power to make a final decision on the
    matter. (この件に関しては、おたく様が最終決定権をお持ちだと思
   っておりましたが)     
 J: No. It exceeds my authorized power. (そうではありません。私の
   委譲権限を越えております)


 ☆Sample Dialogue 2
 A: Shall we get down to business right away?...Now could you
    tell us your decision, Mr. X?(さっそく、仕事の話に入りましょう
    か。・・・それでは、結論をお聞かせ願えますか、]さん)
 J: OK. We have weighed the pros and cons, and decided that we
    should go along with your proposal, a hundred percent.(承知致し
    ました。賛否両論を検討致しましたが、ご提案に100バーセント賛
    成致します)
 A: We're very happy that our talks have come to conclusion to start
    a new business and our cordial ties were confirmed.(交渉の結
    果、こうして、協同で新しい仕事を始められるようになりましたこと、
    友好の固い絆が確認されましたこと、ともにほんとうにうれしく思い
    ます)
 J: Our next job is to draw up a contract. Do you agree that we
    should send a copy of the contract to the experts [the lawyers]
    of both companies?(次は、契約書の作成という仕事に取り掛か
    る番ですが、双方の会社の専門家[弁護士]に、その写しを送付す
    ることについては、ご賛同いただけますね)

ビジネス交渉の英語・注意2点
  @日本人の英語で注意すべき点の1つは、可能性、蓋然性、頻度を表わす副詞(probably, maybe, perhaps, possibly, always, usually, sometimes, etc.)を曖昧に使用しないようにするということである。これらは、訴訟に発展しないまでも、交渉締結までにさまざまな問題を引き起こす恐れがあるので、正しい用法を心得ておく必要がある。
  簡単に説明すれば、probably は「十中八九」の意味であり(most probably はさらに確実性が高くなる)、maybe、perhaps(前者はアメリカ英語、後者はイギリス英語でそれぞれ多く用いられる傾向がある)は「五分五分」の意味であり、possiblyは「ひょっとすると」に近く、起こる確率は1〜3割ぐらいである。また、起こる確率と言えば、always は100パーセント、nearly always、usually、generally の3者は約80バーセント、often は約 60パーセント、sometimes は約 50パーセント、occasionally は約40パーセント、seldom、 hardly ever、rarely の3者は約20バーセント、never は0パーセントである。これらは交渉時には頻出する大事な副詞である。
  A次に、日本人ビジネスピープルにとって大事だと思われる文法事項は仮定法(subjunctive mood)と強勢(stress)の意味的連関についてである。
  たとえば、If we make a little compromise on the price issue, will you agree to a longer term?(価格の点で少々譲歩いたしましたら、期間を少々延長していただけますか)という条件文からは、発言者に譲歩の意思があることがかなり明瞭に読み取れるが、これを If we made a little compromise on the price issue, would you agree to a longer term? と仮定法にすると、意味は同じだが、発言者の譲歩の意思は曖昧なものになり、当たり障りのない言い方となる。ビジネス交渉でこの言い方が好まれる理由は、この当たり障りのなさにある。ところが、この仮定法の文を、“if” に強勢を置いて発音すると、今度は、発言者の申し出が相手に受け入れられる可能性がはなはだ低いものであることを示すようになる。

覚えておきたい交渉表現
 (1)不満・難色を表わす表現

   a) I would be most reluctant to... (…することにはとても気がすす
     みません)
   b) I don't think it possible, because... (それは無理だと思います。
     と申しますのは…)
   c) I was given to understand... (…だと理解していました)【be given
     to understand は「…だと思いこまされる」の意で、非難の響き
     がある】
   d) I hardly expected to find... (…だとは思いもしませんでした)
   e)I cannot agree on that point, Mr. X. (その点が賛成できかねる
     ところです、]さん)
   f) It's not that we don't want to, it's just that we can't. (したくな
     いと言うのではなく、ただ、できないのです)
   g) I can't say I'm very impressed with...(…にはあまり感心しません)
   h) A main obstacle is [will be] ... (一番の障害は…です[…だろう
     と思います])
   i) I was rather surprised that... (…だとはちょっと驚きました)
   j) I'm sorry but we're doing all we can. (これでも全力を尽しており
    ます)

 (2)要求・願望を表わす表現
   a) Let me make a few checks with... (…についていくつか確認さ
     せて下さい)                 
   b) Don't misunderstand me[get me wrong]. (誤解しないでくださ
     い)【後話のほうが砕けた表現】
   c) Put yourself in our shoes. (私どもの立場にもなってみて下さい)
   d) Please give us some time for consultation.(相談のための時間を
     少々下さい)
   e) In return for this concession, we would hope that you...(この
     点を譲歩致しましたのですから、貴社には…していただきたい
     と思います)
   f) I hope our business relations will continue for a long time to
     come.(双方の関係が今後も続きますよう、願っております)
   g) Please don't feel I'm dissatisfied in any way. (私に不満があるな
     どと思わないで下さい)
   h) We feel a gesture is called for on your part.(貴社からの好意的
     意思表示があってもよいと思いますが)【a gestureはan act to
     show good intentの意】
   i) I'd like to know what you think about all this.(この点、どのように
     お考えか、お聞かせ下さい)
   j) We would hope you would reciprocate in terns of price[would
     make a concession in return / would reconsider the discount].
     (価格の点で私どもの希望をいれて[今度は私どもに譲歩して/
     割引き率を再考して]いただければと思います)
   k) We've always enjoyed good relations with your company in the
     past. And we hope our cordial ties will further continue.(当社
     はこれまで常に貴社と良好な関係を続けて参りましたが、将来も
     友好の絆が保てるように祈っております)

 (3)回答・保留を表わす表現
   a) I'm afraid there is no room for concession [we cannot accept
     your requirement]. (申し訳ありませんが、譲歩致しかねます[貴
     社のご要求には添いかねます])
   b) I personally think your proposal is fair but I'm not authorized
     to give you a firm's decision. (個人的には貴社のお申し越しの
     件は結構だと思いますが、私は社を代表した回答を差し上げる
     立場にはおりません)
   c) I'm afraid we cannot give you an answer until next Wednesday.
     (恐縮ですが、来週の水曜日までご返答できかねます)
   d) I'm sorry but I cannot make a comment on the issue.(恐縮で
     すが、今、この問題でで意見を申し上げるわけには参りません)
   e) Now could you tell us your (company's) decision?(それでは、
      貴社のご意見をお聞かせ願えますか)
   f) Now that we have weighed the pros and cons, we have decided
     to... (賛否両論を検討の紙果、…することに決定致しました)
   g) We concluded that we should go along with your proposal, a
     hundred percent. (貴社のご提案に100パーセント賛意を表する
     ことになりました)
   h) It's okay [fine] with me. (承知しました)
    i) No problem. (大丈夫です)
    j) It exceeds my authorized power. Please wait about a week for
     final decision.(それは私に委譲された権限を越えております。最
     終決定まで1週間お待ち下さい)

 (4)打診・提案を表わす表現
   a) In your view, what should we do, Mr.X?
     (]さん、どうしたらよいとお考えですか)
   b) Do you think we can find a solution? (解決策は見つかるでし
     ょうか)
   c) May I ask your opinion on this?(この件について、ご意見をお聞
     かせ願えませんか)
   d) Let's look at it from a different point of view.(違った角度から
     それを見てみましょう)
   e) Let's make an effort to find a point of compromise.(妥協点を見
     つける努力をしてみましょう)
   f) May I ask one thing?(一つお聞きしてもよろしいですか)
   g) Would you mind telling me? (おっしゃって下さいますか)
   h) Shall we get down to business right away? (さっそく仕事の話に
     入りましょうか)
   i) I think it is time to discuss...(そろそろ…の交渉に入ってもよろし
     い頃だと思いますが)

 (5)納得・了解を表わす表現
   a) I see your point. (おっしゃることは分かります)
   b) Point taken. (了解しました)
   c) I'm sure you know what I mean. (申し上げていることは、お分か
     りでしょうか)
   d) Are you implying [suggesting / insinuating] that...(…と解釈して
     もよろしいのですね)
   e) I certainly see what you're getting at.(おっしゃっていることは
     確かに分かります)
   f) I understand what you're trying to say. (おっしゃろうとしておら
     れることは理解できます)
   g) I appreciate your opinion, but...  (ご意見はよく分かりますが…)
   h) I knew you would see reason. (分かってくださる方だと思っていま
      した)
   i) You see what I'm getting at.(申し上げていることはお分かりでし
     ょうか) 
   j) Can I take it that you have the power to make a final decision
     on that matter? (この件では、お宅さまが最終決定権をお持ちで
     あると解釈してよろしいでしょうか)

 (6)説明・指摘を表わす表現
   a) I really must point that...(…と言うことだけは申し上げておきたい
     と思います)
   b) With (all) respect, you don't seem to understand. (申し上げにく
     いのですが、お分かりになっておられないようですね)
   c) In that case, I should very reluctantly have to... (それでしたら、
     当方には、まことに不本意ながら…する以外ないということになり
     ます)
   d) Our proposal is... (私どもの提案は…です)
   e) In that case, you would leave us no alteration than to... (それ
     でしたら、私どもには…する以外ないということになります)
   f) In that case, I would be virtually obliged to...(それでしたら私
      は事実上、…しなければならなくなります)
   g) I'm afraid such a matter is irrelevant here. (そのようなことはこ
     こでは無関係だと思います)
   h) I'm afraid you're not comparing like with like. (比較のしようの
     ないものを比較しておられるのではありませんか)

 (7)説明・詳細を求める表現
   a) What do you mean? (どういう意味でしょうか)
   b)What do you mean that...? (…とはどういう意味でしょうか)
   c) I wonder if you could explain that in more detail. (そこのところ
     をもう少し詳しくご説明いただけないでしょうか)
   d) Could you elaborate a little more ? (もう少し詳しくご説明いただ
     けますか)
   e) What bearing does that have on...? (それと…とどんな関係があ
     るのでしょうか)
   f) How does that relate to...? (それと…とどんな関連性がありま
     すか)
   g) What does that have to do with...? (それが…とどんな関係があ
     るんですか)
   h) Why? (なぜでしょう?)
    i) How would that benefit us? (それで私たちがどう有利になるの
     でしょうか)

 (8)確認・明確化に関する表現
   a) In a nutshell [Briefly],...(簡単に申しますと…)
   b) In other words,...(換言致しますと…)
   c) To put it another way...(別の言い方を致しますと…)
   d) That is...(つまり…)
   e) To summarize...(要約致しますと…)
   f) Recapping what I've just said...(これまで述べてきたことを概括
     致しますと…)【recapはrecapitulateの短縮語】
   g) What I'm driving at is...(私が言おうとしておりますのは…)

 (9)話題を転換したり元に戻したりする場合の表現

   a) By the way [Incidentally]... (ところで…)【前者は、通例、文
     頭こ置かれ、次に重要な内容が来ることがある。後者は、通例、
     文頭や文尾に来る】
   b) Not to change the subject, but... (話題を変える気はありません
     が…)
   c) OK. To get back to what you were talking about,...(それじ
     ゃあ、あなたが話してらっしゃったことに戻りますが…)
   d) Getting back to what you were saying a while ago...(あなた
     がつい先ほど言ってらっしゃったことに戻りますが…)

【本稿は、「英語教育」誌(大修館書店、1990、9、増刊号)に寄稿したものの加除修正版です】