Z ビジネス英会話のキーポイント(1)



はじめに

  ビジネス英会話というと、何やら、特別なものというような印象を受けやすいが、各分野で使用される専門用語(technical vocabulary)を除けば、どのような職種のビジネス英会話も、その基本表現は、英語国民が日常的に使用する平易な語彙(working vocabulary)から成り立っている。
  したがって、日本人が高等学校までに学習する英語を“真に”身に付けていれば、あとは場数を踏み、実戦英語に馴れるのみである。どの程度平易か、本稿と次稿とで実例を見ながら確認してゆき、併せて、ビジネス英会話の基礎となるものを学びたいと思う。本稿で使用する文例は、筆者監修による『キャニング・ビジネス英会話教本』(Passport to Success; 研究社出版)からのものである。登場人物 2名のうち、H はイギリス人 Harvey氏のことで、最近、フェニックス社(コンピュータ会社)のロンドン支社から東京本社に転勤を命じられた人物。Tは日本人 Ishikawa氏のことで、同本社国際部の assistant manager をしている。近々、海外勤務でイギリスに行く予定。

  Dialogue

     H: Mm. This green tea's very nice. Very refreshing. Better than
       coffee.
     I: (laughing) I'm glad you like it.
     H: What was that girl's name again?
     I: Kosaka san. She works in the Sales Office.
     H: Kosaka san. OK. It's difficult to learn all these names.
     I: Don't worry. You'll soon know them all.
     H: I hope so.
     I: In fact, why don't we have a look at the organisation chart?
     H: Good idea.
     I: Just a minute, I'll get it on the screen. (tapping the keyboard )
       Here we are.
     H: OK. So, there's Mr Okada. I met him this morning, didn't I?
     I: That's right. He's responsible for the IK products.
     H: Including the IK-J ?
     I: Right. And so of course I report directly to him.
     H: Will I report to him too?
     I: Yes. But don't worry, his English is better than mine.
     H: Your English is very good. Have you ever been to the UK?
     I: No, not yet, but I'll probably go abroad soon.
     H: Really?
     I: Yes, I've been in the International Division for 18 months now,
       you see.
     H: So when did you join Fenix?
      I: When I graduated from Kamakura University. That was eight
       years ago. How long have you been with us?
     H: Four years.
     I: And who do you report to in London?
     H: Well, Michael Thornton's my boss, and he reports to Mr Kojima.
     I: I see. And you're responsible for the IK-J, aren't you?
     H: That's right. Sales and Marketing. The same as you.

Point 1 短縮形を多用せよ
  ビジネス英会話を含め、口語英語でほ一般的に、This green tea's very nice., I'm glad you like it., It's difficult to..., You'll soon...などと、短縮形を多用する。分かり切っていると言われそうであるが、実際には、日本人は This green tea's ... のような場合や Dialogue 1(以下 D1)には見られないが My name's Kenji Ishikawa. のような場合の短縮形の使用は概して不得手である。My colleague, John Balinsky, says the public transport from there's not so convenient. の場合に見るような短縮形となると、初級者・中級者には使用できないのではなかろうかと思う。

Point 2 平易な表現を多用せよ
  英語学習者が、かなり早い時期に習う動詞 get は、口語英語ではきわめて有用な語であり、ビジネス英会話にはなくてはならないものの1つである。初級者が、「それ(=会社の組織図)をスクリーンに映してみます」における“映す”を英語にすると、たいていの場合、project を選択する傾向があるが、実際には、D1のごとく、get で間に合う。以下に get の他の意味の用法を数例掲げる(以下、【 】内の数字は『教本』の頁数)。

    ●Do you know where I can get an English newspaper in Tokyo?
      【4-5】(get=手に入れる、買う);類例 I'm going to get a new car.
      【98】
    ●We get a big order from the Daily Globe. 【41】(get=受ける)
    ●Let me get you another drink. 【91】(get=おごる)。
    ●You got my memo, didn't you? 【102】(get=受け取る);類例
      Did you get my letterア【98】
    ●When do you expect to get here? 【152】(get=着く)
    ●We're trying to get some machines from the States.【224】(get=
      (get=手に入れる、融通てもらう)

  次に、be responsible for を取り上げる。初級者の多くは、「〜の責任者である」「〜の担当者である」に相当する英語を探す場合、“責任者”とか“担当者”という日本語に影響されて、それに相当する名詞(たとえば、manager, supervisor, the person in charge)を探し当てるが、実際には、平易な be responsible for を多用する。これはビジネス英会話の“must”表現の1つである。D1に出て来る2例で用法を習得しよう。

  続いて、report to という句についてである。初級者の多くは、「〜氏が私の上司です」という日本語を英語に直すと、やはり日本語の“上司”に引かれて、Mr [Ms, etc.] 〜 is my supervisor. あるいは、Mr [Ms, etc.] 〜 is my senior. のように言う傾向があるが、supervisor は きわめて改まった言い方であるし、senior は軍隊や警察など特定の組織体で文章語として使用されることの多い語である。日常的なビジネス英会話では、 Mr [Ms, etc.] is my boss. のように言えることはD1の通りであるが、実質的にはそれを言い換えた動詞表現 report to (〜に[業務上の事を]報告する)が多用される。「〜氏が私の直属の上司です」の場合も、 I report directly to Mr [Ms, etc.】〜.のように表現するだけでよい。「私にとっても〜氏が上司に当りますか」や「ロンドンではどなたが上司でしたか」も、D1からも分かる通り、report toが 使用される。

  続いて、be in 〜と be with〜を取り上げる。前者ほ「(特定の部・課)に配属されている、〜にいる」、後者は「(会社・官公庁・学校などに勤務している、勤めている」の意味で多用される平易な句であるが、初級者は言うに及ばず、中級者でもなかなか口を突いて出て来ない句である。D1では、前者は、I've been in the International Division for 18 months...(国際部には1年半おります)のように、また後者は、How long have you been with us? (うちにはどのくらいお勤めですか)のように、 現在完了形で使用されている【なお、日本語では、「(〜には)1年半おります」とは言っても、「(〜には)18か月おります」とは、普通は言わないが、英語では、D1のごとく、“(have been in 〜 for)18 months”と表現することはごく普通である】。              
  with は、I'm a design engineer with McGovern Architects in the UK.(私はイギリスのマックガヴアン・アーキテクツに務めておりますデザイン・エンジニアです【27】)の場合のように、“be 〜 with ...”(・・・に勤めている〜である)のあ形で多用される。「それで、フェニックスにはいつからお勤めですか」も、初級者は難しく考えがちだが、D1の通り、So when did you join Fenix?と、join だけで言い表せる。

Point 3 小さな語句やちょっとした表現を大事にせよ
  D1の中で、Ishikawa氏が、I'll probably go abroad soon.と言っているが、この副詞 probably は、日本語ならさしずめ「十中八九、たぶん[まず]間違いなく」といったところである。数字で言えば、蓋然性は80バーセソト以上である。この語の場合のように、事の起こる可能性を表す副詞は、ビジネス英会話では、正確に使用しなければならない。maybeやperhaps は、それよりも確率が下がり、約50パーセントといったとろ。「たぶん、もしかすると」あたりの日本語に相当する。前者は、アメリカ英語で、後者はイギリス英語でそれぞれ好まれる傾向がある。Ishikawa氏の用法の場合、そうではないが、この種の副詞は、使用法を誤ると、自分が所属する組織体の利害に関係することがあり得るので要注意。50パーセントを下る場合には、possibly((あるいは)ひょっとすると)を使用する。
  Ishikawa氏が、会社の組織図をコンピユータ・スクリーンに映す時、Here we are. と言っているが、こうしたちょっとした表現もビジネス英会話では大事に使用したい。Here we are.には、“いっしょに”という気持ちが感じられる。これが Here you are.であれば、相手に対して、「どうぞ(見てください)」という感じになる。
  また、Dialogueの最初の辺りで、Harvey氏が、お茶を持って来てくれた女子社員に言及して、What was that girl’s name again?(あの女性、何というお名前でしたか?)と尋ねているが、この場合の過去形に注意したい。この形式は、以前に紹介されたことのない人の名前を知ろうとする場合にも有効な尋ね方で、What's that girl's name (again)?と現在形で尋ねるよりも丁寧に響く。
  初めて電話な掛けてきた人の社名を、話の途中で確認したい場合も、過去形を使用して、What was the name of the company again?(会社のお名前は何とおっしゃいましたか【27】)のように言うとよい。againとあっても,必すしも“再確認”のためではない。  
  この他、I was wondering if you could [would]〜(〜してもらえないかと思って)、I was hoping to be able to〜(〜できないかなと思って)、What kind of 〜 did you want?(どんな〜をお望みでしたか)などのような過去杉の使用も、いずれも丁寧さを出すための表現として多用される。
  今度は、次の日本語の部分を英語に直しながら、Dialogue全体を完成させていただきたい(登場人物中、K は Ishikawa 氏のところにソフトウェアの売り込みのために電話を掛ナているイギリス人 Kendall氏のことである)。

  Dialogue 2
     I: I see. And you'd like to come and discuss this with us.
    K: Yes, if you're free.
     I: OK. ご都合のよろしいのはいつでしょうか.
    K: Well、I'm only here for two more days. What about tomorrow?
     I: Mm. 残念ですが、明日は都合がつきません.
    K: OK. Wednesday, then?
     I: Wednesday. Yes, それで結構です.
    K: Good. 午前と午後のどちらにしましょうか.
     I: 午後のほうがいいんですが.
    K: The afternoon. Fine. What time?
     I: How about 2.30?
    K: 2.30......OK. それで、そちらのオフィスへはどう行けばよろしい
       でしょうか.


 さて、どのような英語になったであろうか。以下に、各日本文に相当す
る英語を掲げる。.


 ●When would suit you?
 ●I'm afraid I can't manage tomorrow.
 ●that looks OK.
 ●Shall we say the morning or the afternoon?
 ●The afternoon would be better.
 ●Now, could you tell me how to get to your office?

  これらの表現はいずれも、ごく平易で、しかも頻度の高いものであるが、その割には私達、日本人の口からはなかなか出て来ない。特に、suit,manage, look (この場合は手帳を見ているから look だが,何も見ていない場合は sound を用いて that sounds OK のように言う)、say 用法はきわめて英語的であり、学習者はぜひ習得しておきたい。The afternoon......の例の場合、is better ではなく、would be better を使用して表現を和らげたところがよい。最後の文の場合、get to という、平易で、頻度の高い、日常的な句がすぐに口を突いて出て来るようにしておきたい。
  第1文、第2文の場合、それぞれ When would it be convenient (for you)?, I'm afraid it won't be convenient for me to see you tomorrow. のように言っても、もちろんかまわないが、原文2文のほうが、より端的で、よりきびきびした英語である。


おわりに
  以上、見てきた如く、ビジネス英会話に多用される英語は、日常生活で使用される英語そのものであり、難易度の低いものばかりである。我が国の中学・高校における英語学習は、実用的ではないと非難されることが少なくないが、確かに、これだけ平易な英語が真に身に付かないということであれば、その非難も真摯(しんし)に受け止める必要がありそうである。
  今回文例を引用した『キャニング・ビジネス英会話教本』(Passport to Success)と付属録音テープを利用して、ビジネス英会話に再挑戦してみてはいかがであろうか。
【本稿は、「時事英語研究」誌(研究社出版、1992、2)に寄稿したものに一部加除修正を加えたものである】