22.英語学習・英語教育は紙の辞書から


1.はじめに

 「紙の辞書がいいですか、それとも電子辞書がいいですか。」いろいろな人からこの質問をよく受ける。インターネット上にもその点について、かまびすしく語られている。中には、「紙の辞書での英語学習は時代遅れ。もし紙の辞書のほうが良いと言う英語教師がいたら、その人は間違い無く英語ができないと判断して問題がない。」とか、「今でも高校生に紙の辞書を推奨する人がいるが、愚かとしか言いようがない。」とかと、無責任で乱暴な発言をする人も少なくない。それぞれの“特長”は、心ある人たちによって、インターネット上に多く語られているし、私自身もそのことに関しては少なからず書いている(例1例2)ので、各自、そちらをご覧いただきたいが、本稿では「英語学習・英語教育は紙の辞書から」ということを力説しておきたい。

2.紙の辞書を使っていれば防げたであろう誤訳

 私は過日(平成24[2012]725日)、大学3年生51名の受講生を対象に、基礎翻訳クラスの1つで期末試験を行った。問題の1つに次のような英文を出した。英和辞典の使用を可とした。

He had loved the City in those days of the late forties, wandering round in the lunch hour looking at the timeless
streets―Bread Street, Cornhill, Poultry and London Wall―dating back to the Middle Ages when they really did sell
bread and cornand poultry and mark the walled city of London.
(あとは省略)―F. Forsyth: Money with Menaces

 驚くべきかな、最初の the late fortiesを「40代後半」と訳した受講生が何と25名、すなわち全体の49%もいたのだ! ほぼ半数だ。また、the Middle Agesを「中年」または「中高年」と訳した受講生が、何と15名、すなわち全体の29.4%(約3割)もいた!

  確かに、late fortiesは文脈によっては「40代後半」となり得る。だが、その意味では普通は in one's late fortiesの形を採って出て来ることが多い。in those days of the late fortiesとあるのだから、「(19)40年代後半の頃の」のことだと気づかなければならない。この点、下の写真1が示すように、電子辞書の画面だと、初級・中級英語学習者にはlateの正訳に辿り着きにくく、いちいち用例を確認しなければならない。それに対して、写真2が示すように、紙の辞書の表記であれば、lateの正訳に辿り着くのに必要な情報が少なくないことが一目で分かるだろう。

          写真1(電子辞書)                       写真2(紙の辞書)
  

 また、
the Middle Agesを「中年」または「中高年」と訳したのは、まず間違いなく、下の写真3が示すように、受講生が携帯していた電子辞書Middle Agesではなく、middle ageが先に出て来るために、それを無批判に利用したからだと思う。ほかの電子辞書middle ageには「中年、初老」とか、「中高年《40−60歳程度》」とかの訳語が上がっている(ちなみに、受講生の訳語にはほかに「40−60歳の頃」も混じっていたが、この数字はおそらくその電子辞書の影響であろう。あるいは、辞書を引かずに、「middle age =中年、中高年」と暗記していたためかも知れない)。その点、写真4が示すように、紙の辞書が持つ一覧性はきわめて有益だ。 

                                                                        写真3 (電子辞書)                             写真4(紙の辞書)                                       

                 
 残念ながら、受講生たちのほぼ半数は
Middle Agesの2語が大文字で始まっていることの重要性に気づいていない。それに気づいていればmiddle ageが出て来ても、さらにスクロールを続けてMiddle Agesを見つけるだろうもっとも、そういうことが出来る学生なら、Middle Agesの意味など簡単に理解するものと思われる
 英語の基本に大きな欠如があるままで英米語学科に進学している諸君がきわめて多い現実を、私を含め、英語教師諸氏は真剣に捉えなければならない。これは間違いなく、英語教師の責任である。上記の問題は紙の辞書を丁寧に使うことに慣れていれば、まず間違いなく防げた問題であろう。繰り返すが、辞書の「一覧性」の優れた点の1つだと強調できるところでもある。
 
3.英語学習・英語教育は紙の辞書から

  英語学習も英語教育も少なくとも高校までは学習者のレベルによっては、大学1、2年生あたりまでは紙の辞書を使いこなす訓練をしてほしい。その理由は、上記した通り、紙の辞書の用法をきちんと身に着けないまま大学生、それも英米語学科に進学している諸君が実に多いという悲しむべき現実である。私は長い経験から次のように思っている。

 @英語学習者のレベルが低い時、具体的には高校生まで、あるいは大学1、2年生あたりまでは、徹底的に紙の辞書を使う訓練をすること英語教師は辞書には何が、どのように書いてあるかをきちんと理解して、その利用法をきちんと学習者に伝えること。
 Aそれが済んだ段階で電子辞書の便利さを教えて、それを最大限に活用すること。
 B高校生に電子辞書を薦めるのであれば、上記したように(late fortiesとMiddle Agesの例)、スクロールすることの重要性・必要性、および用例をきちんと見る習慣を付けることなどを徹底させること。


 英語教師は、「英語辞書指導は生涯学習の一環である」という気持ちを持ち続けてほしい。「紙の辞書での英語学習は時代遅れ。」などとは決して言わないでほしいし、考えないでもらいたい。それぞれの特長を知って、それぞれの良さを述べるべきである。ただ、上記したように、電子辞書が使いこなせるようになるまでは、きちんと紙の辞書の指導をしてほしい。