9.愛国者ゆえに、
      真の英語を研究し、
          異文化を理解する

                                                                                                                                                    



本稿は明海大学広報室発行の月刊 NEWS LETTER紙 (2001年8月1日発行)が私を取材の対象にして書いて下さったもので、表題も広報室が付けて下さったものです。「愛国者」という、ともすれば誤解されやすい言葉が、私には、今、とても新鮮に感じられますし、また、ありがたく思われます。
 
 山岸教授の編纂した英語辞書「アンカーシリーズ」は発売以来、堅調に販売部数を伸ばし、数少ないロングセラーの仲間入りをしそうな勢いだ。『ニューアンカー和英辞典』『スーパー・アンカー英和辞典』『スーパー・アンカー和英辞典』をいずれも学習研究社から刊行し、今年に入って改訂版 (『スーパー・アンカー英和辞典』;山岸注)を出した。
 もちろん「引いて使う」のにも便利なのだが、「読んで研究する」という使い方もできる画期的な辞書だ。高校生をターゲットに編纂したものだが、今や幅広い層から支持されている。何が画期的なのか。「英語文化圏の人達の人間臭さ、文化が理解できる」ように編纂されている点だ。
 例えば、一般的な辞書で dismiss という言葉を引くと、「解雇する、クビにする」と出ている。しかし山岸教授は、dismissは「解雇する」という堅い日本語訳が適切で、社員などを 「クビ」 にするという砕けた表現の場合、英語文化圏では fire を使うのが一般的だという。
 また、fair は「公平な」という意味に訳される。しかし、何をもって公平とするかは、日本と英語文化圏では異なる。日本語で「公平な」と言った場合、規則やルールに沿っていることを指すが、英語の fair の判断基準は「社会的モラル」である。大型力士と小兵力士が対戦する大相撲は、英語文化圏では fair ではなく、unfair である。体重・身長別に分けて取り組ませて初めて fair なのである。
 「誠実」の意味の sincerity も同様である。何を誠実と感じ取るかは、あちらとこちらでは大きな違いがある。こちらの誠実が、必ずしもあちらの誠実にはならず、逆に不誠実と取られかねない場合もある。 「Thank you for your kindness.」も、親しい間柄では、却って水臭い、よそよそしい言葉に受け取られてしまう。日本の留学生が英語圏のホストファミリーに出す礼状に、この一文を入れると、「先方は、がっかりするはず。kindnessではなくhospitalityに言及して、Thank you for a wonderful homestay. などと言うべき」と指摘する。
 山岸教授の編纂した「アンカーシリーズ」には、言葉が使われる文化的背景がていねいに説明されている。これによって学習者は安心して英語を訳せたり、堅いとか砕けているとかいった語の性質を知ったりすることが可能になった。また、日本語と英語の間に大きなギャップのない、良質の英語を書いたり、話したりできるようになる。
 学生時代に利用した英和・和英辞典が、そうした文化的背景を度外視したものであったため、意図した通りのコミュニケーションができなかったことが、「アンカーシリーズ」を編纂する動機だった。
 真の国益をもたらす理論の実践者を真の愛国者とすれば、山岸教授は愛国者である。
 英語を研究対象にしてはいるが、英語文化にかぶれているわけではない。むしろ、かぶれている人間を毛嫌いさえしている。
 「英語など、話す必要がなければ覚える必要はない。むしろ、日本の言葉や文化を覚え、理解するほうが本来は先ではないか」とさえ言う。
 しかし、国際社会の中では好むと好まざるとに拘わらず、英語を知らなければ、より幅広い見識を獲得することはできず、それは結果的に、国際社会の流れに乗り遅れる危険につながる。
 「血の通った英語を学ぶ必要があるからといって日本の文化が劣っているとか、英語文化が優れているとか言うつもりは、まったくありません。大切なことは彼我の違いを認識することです。」
  英語を使う場面では、意思が通じなければ意味がない。しかし、例えば国家外交などの場合、間違って解釈されるのは、もっとまずい結果を招くことになる。そのためには、「彼我の文化の違いを理解すること、とりわけ英語の中に彼ら(英語文化圏の人達)の人間臭さを理解することが大切」ということになる。あくまでも、異文化を知る「手段」として、英語を学べというのである。
 英語を母語としていないがゆえの不充足感に悩みながらも、先頃、『学習和英辞典編纂論とその実践』と題する500ページほどの研究書を刊行した。これに基づいた、より望ましい和英辞典を編纂すること、『学習英和辞典編纂論とその実践』と題した姉妹編をまとめ、それに基づいた学習英和辞典を編纂するのが、今後の展望だという。